連載ブログ 音をたずねて

スヴァティー・ヤン・ポト・スカロウ

2012年03月07日

プラハから25kmほど南西に下るとスヴァティー・ヤン・ポト・スカロウという小さな町がありました。ウイーンを舞台にした映画「アマデウス」がプラハで撮影されたように、ヨーロッパの街を写真にとると特色が出にくいほど似ています。BGMシリーズのCDのライナー写真では出来るだけ皆さんに観光写真ではない現地の風景を楽しんでいただこうと、いつも市街地からでて小さな村や町を訪れます。

スヴァティー・ヤン・ポト・スカロウの町

今回も事前にコーディネーターのポールさんに地元の生活が見える小さな町や村を紹介して欲しいとお願いしていました。そして紹介されたスヴァティー・ヤン・ポト・スカロウはプラハ郊外と呼べるほどの距離で人口132人が住む小さな町でした。帰国後、調べてみましたら正確には市という事になっていました。正式にはチェコ国、中央ボヘミア(ベロウン)地方スヴァティー・ヤン・ポト・スカロウ市で市長さんもいらっしゃることがわかりました。日本の感覚からすると規模は村の単位ですが、人口が少なく、歴史的にも都市国家を形成している地域ならではの独立精神によるものなのかと思いました。

母屋の風景

ここが案内された農家です。主に小麦や大麦を中心とした農業と羊の飼育などの酪農をされているようでした。写真左に見える四角い建造物は大きな屋根から雨水を受ける貯水槽。飲み水は井戸を使われているようでしたが、農作物用には雨水をためて利用しているとのことでした。社会主義崩壊後は産業を工業に移行しているチェコですが、ビールに使うホップの生産国としては有名で、日本の輸入されているホップの40%以上はチェコのホップだそうです。ビールと言えばドイツを思い出しますが、世界で一番ビールの消費が多いのはチェコだそうです。
プラハの街にもビール専門店が数多くありました。

サフォーク種と思われる羊

お邪魔した農家の一角に生まれたばかりの子羊がいました。顔の黒いサフォーク種の羊はイギリスが原産国ですがスコットランドやアイルランドでも数多く飼われている種類です。産肉性が良く食用とされますが、毛はメリヤスやフエルト、ツイードなどに利用されます。

農家のご主人、少し緊張して写っていますがとても優しい方でした

緊張して少し怖いお顔の写真しかないのですが、この農家のご主人です。とても優しい気さくな方で、お邪魔した日は我々が来るので農作業に出ずに待っていてくださいました。多くの建物がならび賑わうプラハの市内からほんの25kmほどでこんなにも牧歌的で静かな場所があるとは思いもよりませんでした。もっとも北海道と同じくらいの広さに、人口が1,000万人程のチェコですので、そうなのかも知れないと思いました。小さな集落の小さな農家の生活にはまったく別の世界に足を踏み込んだような時間が流れていました。日本のように面積は広いですが地形が急峻で平地が少なく、人口が密集している国から来た我々にとってはとても不思議な空間でした。

コミュニティの象徴としての教会

近くに新しく建った小さな教会

農家から少し歩いた場所に新しく教会が建ったとうかがったので行ってみることにしました。カメラマンと一緒に歩いて行くと教会が見えてきました。

外から内部を撮影

小さなと聞きましたが、いってみると本当に小さな教会で、内部の広さは10畳くらいしかないように思いました。集落の集会用広場のような場所に立っています。

教会のすぐ脇のコートではサッカーの練習をしたり、散歩する人もいます

教会の中には宗教画と賛美歌と思われる楽譜が飾ってありました。

窓には鉄細工で聖者が描かれていました。ガラスはこの段階でははまっていない、素通しでした。

教会上部に三日月がデザインされていました。

キリスト教の教会としては珍しい意匠です。プラハの教会にも十字架の他に太陽を模った意匠が屋根の上に付いている建物もありました。アイルランドやスコットランドでもキリスト教のラテンクロスに古い宗教の象徴である太陽の円環を組み合わせたケルト十字が使われてい場合がありますが、同じような考え方ではないでしょうか。キリスト教布教の時に土着の宗教と組み合わせることが行われてきたようです。

ベネディクト教会と修道院

集落内に建つベネディクト会の教会と修道院

小さな教会を興味深く見ていましたら、お孫さんを連れたご老人が、近くに古い教会があるから行ってみるといいと教えてくださったのでさっそく行ってみることにしました。大きな建物のない界隈に突然立派な建物が現れました。それがこのベネディクト会の教会です。この教会の奥には後ろの岩山の洞窟に続く扉があるそうです。この洞窟には紀元9世紀頃にイヴァンと呼ばれる隠者が住んでいたとされ、聖徒ヤン(ヨハネ)の啓示を受けたイヴァンが当時の君主ボリヴォイに頼み教会が作られました。その古い教会の跡地にベネディクト会によって17世紀に修道院として建てられた教会です。

隠者イヴァンの像が飾られていました。右の柵の下には洞窟からの水が流れています。

教会に隣接するベネクト会の修道院修

チェコ社会主義時代、この修道院は共産党の秘密警察協力者養成機関に使用されていました。今は学校として利用されています。歴史を調べてみると、スヴァティー・ヤン・ポト・スカロウは信仰の聖地としての面を持つ場所だったことがわかりました。共産党時代の辛く悲しい歴史があの小さな教会を作った理由ではないか、辛い過去を持つ修道院ではなく、自分たちの信仰の証、地域の人々が集い信仰する場所として、歴史を切り離した新しい教会が必要だったのではないでしょうか。決して豊かではない経済環境にあっても自分たちの意志を次世代に繋ぐことを大切にするチェコの人々。その象徴として小さな教会が皆が集う場所に立てられたように思えてきました。自分たちのアイデンティティを大切にするチェコならではの事柄に触れ、歴史を実感する取材でした。

  • プロフィール くらしの良品研究所所員
    Y.Iさん

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