連載ブログ 音をたずねて

スコットランドと日本

2012年06月13日

宗教や気質も似ているスコットランドと日本ですが、日本のウイスキーの故郷もスコットランドにありました。1918年1人の日本人青年が単身スコットランドに赴き、名門グラスゴー大学で有機化学を学び初めました。

学業のかたわら「ウイスキー並びに酒精製造法」を読み、様々な蒸留所を歩きウイスキー作りを教えてくれるところを探していました。しかし日本から来た青年にそうやすやすウイスキー作りを教えてくれるわけもなく苦しい日々が続いていたそうです。そしてその苦労の末たどり着いたのがスペイサイドの町エルギンのロングモーン・グレンリベット蒸留所でした。駅前のホテルの狭い部屋に身を寄せながら、彼を温かく迎え入れてくれたロングモーン蒸留所に通い詰め、やっと本物のスコッチ・ウイスキーの作り方を教えてもらう事ができたそうです。見も知らずの東洋の若い青年を迎え入れた優しいロングモーン蒸留所と、熱心に頼み込んだその青年の熱意が起こした奇跡のような気がします。

日本の若者の名前は竹鶴政孝といいます

モルト醸造用のタル(グレンリベット醸造所)

この青年こそニッカ・ウイスキーの創始者、日本のウイスキーの父と呼ばれる竹鶴政孝氏です。それまで国産ウイスキーと言えばアメリカのウイスキーを真似た模造酒がほとんどでした。帰国後の1923年、国産本格ウイスキーの製造を企画していた寿屋(現在のサントリー)社長の鳥井信治郎に請われ初代の工場長に就任します。鳥井氏がスコットランドに技術者を求めたところ「わざわざ遠いところから人を呼ばなくても。日本には竹鶴という適任者がいるではないか」とスコットランドから返事が来た逸話がのこっているほど、竹鶴氏のスコッチ作りの技術は素晴らしいものであったようです。

スペイサイドの名門ホテル、クレイゲラフィーのバーに並ぶニッカ・ウイスキー

スコッチ以外はウイスキーではないとまで誇りを持つスコットランド。そのメッカ本殿とも言えるクレイゲラヒーホテルのメインバーのセンターにホテル名を冠した銘酒クレイゲラヒー(Craigellachie)と共に、堂々と白州、北杜、響、竹鶴が並んでいました。事前に調査はしていたのですがクレイゲラヒーのメインバーで見知った銘柄を見た時、日本人としてとても誇らしい思いがしました。そして竹鶴氏の弛まぬ努力と真摯な姿勢が、誇り高いスコットランドの方達にも通じた証のように思いました。竹鶴氏の話は今でも語り継がれ、我々が取材で訪れた時も日本人に対しての友好的な温かい視線を感じました。これも先達である竹鶴政孝青年の努力がスコットランドの人々に愛されている証だと思いました。

余市蒸留所で作られた25年ものの原酒(記念にニッカウヰスキー株式会社からいただきました)

このウイスキーは別の仕事の時、たまたまアサヒビールの方と一緒になり、竹鶴氏の話で盛り上がり、その時にいただいたものです。あまりにも素晴らしいウイスキーなので2ショット飲んだだけで封印しました。まるで竹鶴さんが隣に座って話をしてくださっているような味わいでした。このウイスキーの醸造所のある余市は、スコットランドととても似た気候です。気候だけでなく風景や環境までもが良く似ているそうです。酒やチーズはその土地土地の気候や風土が育てると聞きました。竹鶴氏がウイスキーの蒸留所の場所として北海道にこだわったわけがわかるような気がします。そういう意味ではこのウイスキーが竹鶴青年の目指した夢、スコットランドと日本の文化の結晶のような気がしてきました。

明治時代からの繋がり

グラスゴー大学構内

そのほかにも日本とスコットランドとの結びつきは深く、スコットランド銀行発行の20£紙幣に描かれている「フォース鉄道橋」建設に関わった3人の技師、その中の1人は渡邊嘉一氏といい、彼もグラスゴー大学に学んだ日本人です。

1890年に完成したフォース鉄道橋

背景には明治政府が1970年から1973年までの3年間で海外に750人の留学生を送り出した経緯があります。その中の多くはこのスコットランド・グラスゴー大学で学んだという歴史がありました。当時の日本は西洋から学べと多くの文化を輸入しています。現在では日本の歌とされている「蛍の光」「むすんでひらいて」「霞か雲か」「庭の千草」などもスコットランドやアイルランドの曲であることをご存じの方も多いと思います。

グラスゴーの町

遠く離れたスコットランドですが、とても親近感を覚えるのは気質や気候が似ていることもありますが、歴史的に日本と強い繋がりがあることがわかりました。子供の頃から聞いていた音楽や成人して飲んだウイスキー、そんな身近なところにもケルトやスコットランドの文化が生きていることを強く感じました。先達たちの大変な努力の中に今があることと、長い歴史の中で育んできたスコットランドとの繋がりにとても豊かな思いがいたしました。

  • プロフィール くらしの良品研究所所員
    Y.Iさん

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