連載ブログ 音をたずねて

海辺の町アバディーンからスペイサイドヘ

2012年06月27日

ジョンズヘイブンの町で素晴らしいロブスターの歓待を受け、その日の宿は15kmほど南下したモントローズのベストウエスティン・ホテルにとりました。ホテルに着いたのは夜8時を過ぎ。撮影の時はいつも光が良い朝と夕方に頑張ります。ヨーロッパは日が長いので夜6時半くらいからが良い光になります。ホテルの食事を早々にとって明日のために就寝。日本での生活よりも規則正しい生活をスタッフ全員がしてしまうのも面白い現象です。もっともカメラマンは部屋に帰ってからデータの移し替えと整理で遅くまで起きているようです。

モントローズのザ・リンクス・ホテル・ベストウエスティン

MUJIBGMシリーズの宿泊ではベスト・ウエスティン・ホテルを利用することがとても多いです。各地のコーディネーターにWi-Fiが使えて、お湯がちゃんと出て、部屋が綺麗で予算内というオーダーを出すと決まって選択肢の中に入ってきます。今回もご多分に漏れずベスト・ウエスティンでした。豪華ではありませんが、必要なモノは揃っている普通のホテルです。たださすがスコットランドと思わせる良いたたずまいのホテルでした。今回はいくつものホテルを泊まり歩きますので改めてホテル特集を書ければと思っております。

スコティッシュ・ナチュラル・ヘリテージ

スコティッシュ・ナチュラル・ヘリテージ

撮影二日目の始まりです。今日はモントローズから北に約60km離れたアバディーンの町を目指します。モントローズから海沿いの道を通りながらの移動です。まず初めは北に7kmほど行ったスコットランドの自然遺産と呼ばれるエリア、セント•サイラス国立自然保護区を訪ねました。まだ春も浅いのでこのような状態でしたが、切り立った岩山から海まで続く一面の草原。町からすぐのところにこれほど自然が残っていることに感動しましした。緑の時期はさぞ美しいだろうと思います。

スコティッシュ・ナチュラル・ヘリテージ

荒涼とした草原に接する海は静寂を漂わせていました。スカンジナビア半島ノルウェーまで直線距離で500Km。それほど広くないこの海を渡って様々な民族が移動したかと思うと今にもその光景が目の前に現れそうな錯覚を覚えます。

絶壁に建つ古城

セント•サイラス国立自然保護区を後にして北に向かうと突然、絶壁に建つ古城が見えて来ました。たぶんケルト文化よりも後の城だと思いますが、とてもフォト・ジェニックなたたづまいでした。

小さな集落の一コマ

様々な場所を出来るだけ多く撮影するために、いつも1カ所の滞在時間はあまり長くはありません。古城をあとにして次に撮影のため車を止めたのは、途中にあった小さな集落でした。人影はなく閑散としていましたが、庭には丁寧な生活のにおいが漂っていました。撮影では観光写真のような写真は撮らないことを原則にしています。出来るだけ生活を感じる写真や原風景の写真を撮る努力をしています。この村も出来れば丹念に見て回りたかったのですが人影が見えないので諦めました。

スコットランドの桜

桜と言えば日本の花という印象ですが、スコットランドにも沢山の桜が咲いていました。ちょうど四月の下旬、ほとんどの木が満開でした。

ディ・リバー

アバディーンを河口に持つディ川(River Dee)

アバディーンを河口に持つディ川はスペイサイドと同じく、このエリアもディサイドと呼ばれ極めてスコットランドらしい場所とされています。北海に流れ込むこのディ川もスペイ川と同じく大型のアトランティック・サーモンが遡上する有名な川で、多くの釣り人がアトランティック・サーモンを釣るために訪れる場所でもあります。アバディーンに着いたのは午後早い時間でした。撮影には日が高く陽差しが強いので、周辺をロケーションハンティングする事になりました。

川にこんな表示がありました

日本では周辺の土地を所有していても、川と河原敷き周辺は国交省か環境省の所有(国有)となります。釣りをしたい場合、遊漁料を払えば基本的にどこでも釣りは出来ます。また漁協が無い場合は立ち入り禁止区域以外は自由に釣りはできます。ところがイギリス。スコットランドでは川に面している土地の所有者が川の使用権も持っています。ですのでこういった形が可能です。パブリックな場所以外で釣りをするためには土地所有者の許可が必要です。

釣り人を発見

ロケハンがてらウロウロしているとロンドンのコーディネーター真理子さんが釣り人を発見しました。是非話を伺いたいと交渉をしているところです。

交渉成立

先ほども書きましたが、川の所有が厳しいスコットランドでは釣りをするのに会員権が必要な場合が多くあります。土地所有者は川を小さく区切り(1つの区切りをビットと言います)、ビットの左岸、右岸を週の内の1日、年53日という単位で権利を販売します。アトランティック・サーモンが良く釣れるビットは値段が高く、値段は過去実績で決まるようです。この方のように自分のビットに我々を入れてくれることはとてもまれで、ビット所有の釣り人がそのビットにいた場合、その釣り人から声をかけて来るまで、話しかけてはいけない習慣があるほど厳密な所有権になっています。この時はビットに入る前でしたので話しかけることが出ました。

川の横はゴルフ場です

彼のあとについてビットに向かう途中、隣はゴルフ場になっていました。

フライフィッシング

彼のビットに到着。前はディ・リバーです

彼は毎週釣りに来ているようです。仕事は会社経営、大の釣り好きでこのスコットランドを愛しているとおっしゃっていました。彼のビットでは年間80本ほどのアトランティック・サーモンが釣れるようです。釣り方は地元流のスペイ・キャスティングと言われる釣法で、この釣り方がいちばん効率が良く、この川とアトランティック・サーモンに適した、楽しい釣りだとも話してくれました。

デッド・ストックのオールド・モデル・フライリール(ドイツ製)

私もフライフィッシングを嗜むと話をすると、とたんに表情が柔らかくなって彼の道具を見せてくれました。竿もリールも素晴らしい逸品で特にリールはイギリスのハーディーという英国王室御用達のメーカーが真似をした、ドイツの古いリール・メーカーのオリジナル・デッド・ストック(現在ではコレクターズ・アイテム)を惜しげもなく実践で使用していました。

これがスペイ・キャスティングと呼ばれる独特の釣法です

川の流心を超えてクロスするようにキャスティング(投げる)をします

水深が平均していて、段差の少ないスコットランドの川のアトランティック・サーモンは常に移動をしながら遡上していきます。通常フライフィッシングで行われるバック・キャストを伴うキャスティングではそれを行っている間にサーモンが目の前を通り過ぎてしまうかも知れません。そこでこの無駄な動きを排除し素早く次のキャスティングを可能にするスペイ・キャスティングが生まれました。日本で行われているスペイ・キャスティングとは全く違う必要性から生まれたことを彼の話しを聞き、川と彼のキャスティングを見て実感しました。その重い流れに立ち込み、常に移動しながら、川の流れに向かい豪快にキャスティングする光景を間近で見たとき、まさに釣りは狩猟(ハンティング)と同格であると思いました。紳士のスポーツと呼ばれるフライフィッシング。自然を愛し、自然と勝負する姿勢には凛とした思いと自然を崇拝する気持ちが込められていたように思います。その自然に対する尊敬が、身繕いから道具まで細心の思いを込めて立ち向かわせるのだと思いました。日本の「道」にも通じるこの精神性とそれ支える制度に驚きながら、とても共感を覚えた取材でした。

  • プロフィール くらしの良品研究所所員
    Y.Iさん

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