連載ブログ 音をたずねて

ブラック・ウオーター

2012年07月04日

アバディーンを出発してスコッチのメッカ、スペイ・サイドを目指します。今回は途中で撮影した写真とともに、スコットランドの文化の1つ、スコッチ・ウイスキーを通してスコットランドを紹介いたします。

ブラック・ウオーター

イギリス、コーンウォールやハンプシャーの町の名前、ドウビーブラザースやアイルランドのミュージシャン、アルタンの曲名としても有名なブラック・ウオーター。アイルランド、スコットランド、イングランドで見ることの多い茶色い川。日本では、汚れているように思われる水の色ですが、地元では愛情を込めてこう呼ばれます。ピートという泥炭質の地層から流れ出る水はこのような色に染まるそうです。スコットランドでは水道によって茶色い色をした水が出ることがありますが、錆びや汚れではないので基本的に飲めます。ヨーロッパの水は硬水が多いのですが、この水は日本と同じ軟水です。ブラックウオーターはもちろんスコッチ・ウイスキー造りにも使われますが、この水を作り出すピート(泥炭)がスコッチ造りに欠かせない材料です。

広大なヒース、この下には泥炭質の地層があります

スコットランド産のウイスキーを材料で大別すると大麦麦芽のみを原料とするモルト・ウイスキー、トウモロコシ、ライ麦、小麦などを主原料にするグレーン・ウイスキー、その2つをブレンドしたブレンデッド・ウイスキーに分かれます。最近、日本でもシングル・モルト・ウイスキーが流行しているようです。アメリカン・ウイスキーの分野では大麦麦芽だけで作られたものをシングル・モルト・ウイスキーと呼びますが、スコットランドでは1つの蒸留所で作られたモルト・ウイスキーだけをそう呼びます。スコッチ・ウイスキーは一般的に少量生産に適した伝統的な製法で造られていて、大量生産や品質の安定が難しい商品です。それゆえ各蒸留所の個性が発揮され、さまざまな香りと味を持っています。優れた醸造文化を持ち、酒を飲み分けられる日本人がブレンデッド・ウイスキーからシングル・モルト・ウイスキーに好みが移ったのも理解出来る気がします。

掘り出したばかりのピート(泥炭)です。

このモルト造りですが造る課程で大麦種子を発芽させ、その発芽を止めるために、乾燥させる工程があります。この乾燥は温度を上げ過ぎず、しかも素早く乾燥させる必要があり、この時用いられる燃料に混ぜるのが乾かしたピート(泥炭)です。上の写真は掘り出したばかりのピートです。このあと乾燥させます。このピートはスコットランドやアイルランドなど低気温地域でヘザーなどの植物が分解されずに堆積したもので石炭の成長過程の初期にあたるといわれています。炭素の含有率が低いため高温にはならず、かえってこのピートを使用することで「スモーキー・フレーバー」と呼ばれる香りが麦芽に染みこみスコッチ・ウイスキー独特の特徴となる重要な役割のようです。

ヒートの切り出し

ヒースと呼ばれるスコットランドの荒れ地はヘザー(エリカ属の低木、別名ヒース)の群生地です。ハイランド地方は広大なヒース地帯ですので、おのずとピートの埋蔵量も多い場所です。我々が向かっているスペイ・サイドはその中に位置しています。そういう意味ではウイスキー作りに最適な場所でもあるのですね。家庭で暖をとる燃料として、うまいウイスキーの燃料にもなるピートはスコットランドの文化にとって大きな存在だと思います。今回は長年ピート掘りをされてきた地元の酪農家の協力を得て昔ながらのピートの手掘りを拝見させていただきました。木製の平らなスコップのようなもので、段差のある切り出し場所から、大きさを揃えながら丁寧にピートを切り出していきます。息子さんが手伝っていましたがやはりお父さんの熟練にはかなわないようでした。

切り出したピートを木製の一輪車で運びます

泥炭質の土地のヘザーの層はとても薄く、、剥がすとすぐにふわふわした泥炭層が出てきます。ヒースは土地全体がベッドのマットレスのような柔らかさでした。ピート層はかなり深く、歩くと体重のかかった長靴の周りから、じわじわと水が上がってくる湿地帯のようでした。そのためピートを運ぶ木製の一輪車は車輪が太く、軽く出来ていました。地面が安定していないので相当量のピートを運ぶ作業は熟練が必要で、大変な重労働に見えました。自分でも試してみようかと思いましたが、歩くのがやっとの私には無理だと思い諦めました。

大変な作業の後ヒースを背景に親子でお礼の記念撮影です

丁寧に切り出されたピートはうまいスコッチを保証しているようなとても良い色をしていました。日本で合成ウイスキーが闊歩していた時代にウイスキーの蒸留技術を学びに、単身スコットランド乗り込んだ竹鶴さん(※)が本場で目にしたものは、まじめで丁寧な職人達の文化だったのではないでしょうか。酒はその土地土地で様々な形が生まれ家伝や口伝によって守られてきました。発酵を伴う製造はしっかりした技術と丁寧な仕事、そして根気が必要だと思います。真面目で実直なスコットランドの人々ならではの銘酒。世界中に名を知らしめたスコッチ・ウイスキーはスコットランドの自然と人との営みの結晶なのだと、ピートの切り出しを拝見しながら思いました。
スコッチ・ウイスキーの名称に付く、グレン(Glen)という言葉はスコットランドでは谷、峡谷の意味で英語でValleyにあたります。次回はそのGlenの地、スコットランド北部スペイサイド、スペイ川流域を旅します。

※竹鶴さん:竹鶴政孝。ニッカウヰスキーの創業者で「日本のウイスキーの父」と呼ばれる

  • プロフィール くらしの良品研究所所員
    Y.Iさん

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