スペイサイドのスタイル
スペイ川は北海から登ってくるアトランティック・サーモンの川です。そのスペイ川独特の釣りのスタイルにスペイ・キャスティングがあります。毛針でサーモンを釣る釣法フライ・フィッシングの遠投技術(キャスティング)の一つです。その独特なスタイルが10年ほど前からアメリカや日本で流行しています。通常のフライキャスティング(投げ方)では前後にライン(釣り糸)を振る方法をとりますが、スペイ・キャスティングはほとんどラインを後ろに振り上げません。スペイ川であみ出されたとても合理的なスタイルです。
腰まで立ち込んでキャスティングを繰り返します
最初に日本にこのスタイルが入ってきた当時はグレン(谷)という名前から、日本のように切り立った岸など障害物が多い谷を想像したようです。それらの障害物をよけるために開発されたキャスティング(投げ方)だと解説されていました。フライ・フィッシングは通常1gにも満たない軽いフライ(毛針)を遠くに飛ばすため、ライン(カラーのビニールコーティングされた糸)と呼ばれる太い糸に結び(上記写真では白い紐のように見えます)、このラインの重さで竿を曲げ、その反動で前方にフライを飛ばす釣り方です。そのためにどうしても後ろにラインを飛ばし、その勢いで弓なりになった竿の反復力を使って前方に毛針を飛ばします。
スペイ・キャスティングのタックル。このブルーのラインが重さを持っています
また、水深があり平均した深さのあるスペイ川ではアトランティック・サーモンは下流から留まることなく遡上してきます。後ろにラインを飛ばしている間にも目の前を通り過ぎてしまうかも知れません。出来るだけ長く水中にフライを入れておくため、効率的でスピーディな実践型の方法としてスペイ・キャスティングが生まれました。また現地の釣り人はかなり流心の近くまで川に立ち込みますので、それほど起伏のないグレンの地形と相まって、後ろを気にする必要は全くなかったのです。様々な流儀が日本に入ってきますが、現地に行ってみると間違った解釈が多いことに驚かされます。
モルト蒸留所マッカラン所有のスペイ川のビット(所有区間)のイラストです
以前のブログでも書きましたが、スコットランドでは川の所有権はその川流域の土地に付属しています。上の写真はマッカラン蒸留所が所有している敷地内を流れているスペイ川の所有を表したイラストです。そのような理由から川の管理は地主が行います。ビット(BEAT)と呼ばれる区間に分けて1日単位ごとに年間契約で有料貸し出していました。このエリアで年間釣れるアトランティック・サーモンの数は80~100本程度だそうです。数が釣れるビットですので、借りるのにも競争が激しいようです。
スペイ川ののどかな流れ
老舗蒸留所マッカランの管理ビートに入れました
取材日の権利を持つ釣り人達が準備をしています
今回取材で是非このビットを取材させて欲しいと各所のお願いしておりましたが、借り主にすべての権利がわたり、人を入れること自体が借り主の承諾を必要とします。借り主(釣り人)がビットに入っているときは、釣り人から声をかけてくるまでそれ以外の人は声をかけてもいけないほど厳しいルールがあります。そのような状態なので無理かと思っていたのですが、1日前にモルトウィスキーの老舗マッカラン蒸留所から許可がおりました。とても幸運な機会ですので、翌日さっそくマッカラン・ビットを訪れました。
マッカラン・ビットのギリーさんです
スコットランド、アイルランドではハンティングやフィッシングのガイドをするギリーと呼ばれる職業があります。日本で考えるガイドは一般的に案内人ですが、海外のガイドは自然環境を守る役目も担っています。それぞれの地域にギリーがいて、その目的に沿った環境保護を行っています。また、釣れた魚の美味い調理法や景色の良い場所などにも詳しく、自然を楽しむ指南役のような役割も担っています。 それぞれの地域のギリーは代々続く家が多く、その土地の番人のような存在です。マッカランの広報担当者にギリーにはどのようなお礼をいたらよいかと聞いたところ、マッカランを1本上げてくれとの粋な計らいでした。さっそくショップで購入しそれを持っていそいそとギリーの小屋を目指しました。
川辺に建つギリーの小屋です
我々が行く事を知っていたようで外に立って我々を待っていてくれました。笑顔のとても素敵なギリーでした。上から下までツイードで固めた服を着ていて、とても頼りがいのある風貌をなさっていました。
マッカランのギリーさんです
我々がスペイサイドの取材に来ていて、今日はスペイ・キャスティングについて学びたいと伝えると、うれしそうにうなずきながら、さっそく様々な品物を見せてくれました。
これはとても貴重な写真でギリーさんのフライボックスです
川の水量と水温によって使い分けるフライのサイズ表です
ギリー小屋の内部とても綺麗にしていました。
小屋に入ってお話しをうかがう事が出来ました。部屋の大きな窓からはスペイ川が見渡せる明るい部屋でした。手書きラベルのモルトが数本置いてありマッカランの川という感じがとてもしました。ギリーさんの着ていたツイードの話をうかがったところ、ツイードの柄や配色、線の太さなどでそれぞれの家を表し、日本で言えば家紋と同じ意味を持つ役目をしていると話してくれました。
マッカランのギリーさんのツイード
彼らは地主に雇われて、代々その土地と川を守ってきている事にとても高い誇りを持っていました。父も自分と同じツイードのジャケットを着てギリーをしていた。私もこの仕事が大好きでとても幸せだとお話ししてくださいました。自然を守り共生してきた彼らの誇りが家紋と同じツイードに込められ、代々引き継つがれているという、とても素敵な話に感動してしまいました。
我々と別れた後は、釣り人を案内して上流に向い歩いて行きました
忙しい中の急な訪問でおじゃまをしてはいけないと早々においとましましたが、別れ際にフライを1ついただきました。ギリー小屋はフライフィシャーにとっては教会の中のような緊張感と気持ちの良い清涼感が混じった聖域なのだろうと思いました。教会と違うのはしっかりモルトウィスキーの瓶が置いてあることでした。何百年も続いてきた光景に出会えた喜びは、営みを継承、伝承していく大切さを改めて感じる瞬間でした。長い時間を確実に歩んでいくスコットランドの堅実さに触れたような半日でした。彼の後ろ姿を見送りながら、いつの日か釣りでお邪魔する事ができるまで元気でいていただきたいとの思いで一杯でした。