やっとスタジオに到着
今回のレコーディングは、パドストウから4kmほど西にある小さな村セント・メリーンのプライベート・スタジオをお借りました。ロンドンで活躍していたミュージシャンが所有するこのスタジオはもともと軍の飛行場跡地の古い建物を利用して造られました。簡素ですが持ち主の愛情を感じるとても良い音のスタジオです。レコーディングで重要な役割のサウンド・エンジニアは、エルビス・コステロやジョン・ケリー、ジョージ・マーティンなど幅広い音づくりで活躍しているロンドン在住マット・ハウさんにお願いしました。
煉瓦造りのスタジオです
このレコーディングはマイクさんと藤原さんのご厚意でとても興味深い方法をとりました。それはレコーディング中スタッフ全員、スタジオに寝泊まりするというアイデアでした。事前の準備段階でロンドンの真理子さんからはホテル泊まりにもすることが出来るけどどうしますかと質問をもらいました。私がワーナー・ミュージックでディレクターをしていた頃、バンドのレコーディングはほとんど合宿で行っていました。日常の雑事に煩わされず集中して音楽制作にあたれる好きな方法でした。為替の問題もあったので真理子さんの親切な提案に一も二もなく賛成しました。そのような訳で久しぶりにスタジオ泊まりです。食事も三食スタジオで出してくれるはずで、とても楽しみなレコーディングになりました。
さっそくマットさんとディナー・ミーティング
ダイニングでのディナー・ミーティング風景です
スタジオに到着して荷物をほどいたら、もう夕食の時間になっていました。さっそく、ロンドンから駆けつけてくれたマットさんとディナー・ミーティングです。豊富な経験を持つマットさんは事前に送った音源で無印良品BGMの企画意図を理解していてくださったので、とてもスムーズなミーティングでした。日本にも優れたサウンド・エンジニアが数多くおりますが一流のエンジニアはどこの国でも一緒だなといつも思います。それは、シンプルに出音に忠実にという一番簡単なことが一番難しいレコーディング。このことを簡単にできるエンジニアが最高のエンジニアです。
撮影隊は早朝から活動
朝の撮影隊のミーティング風景
疲れからかスタジオに着いた夜は全員早く部屋に入ってしまいました。翌朝起きてダイニングに顔を出すと、藤原さんを中心にもう撮影隊がミーティングを始めていました。今日からは撮影隊とレコーディング隊は別々の行動になります。いいなー観光旅行が出来てと冗談をとばしていますが、決められた中でロケーションハンティングもなく、企画意図に沿った写真を撮影する難しさはなかなか大変だと思っています。レコーディングは長くやるとかえって効率が悪くなりますが撮影隊は一日中、陽がある間は行動しています。
スタジオ・セット
スタジオのマイク・セット
朝食をすませ、一息ついてからスタジオのマイク・セットが始まりました。まったく面識のないミュージシャン達と挨拶を交わし、レコーディングを始める初日が一番緊張します。どんな音を出してくれるのだろうと期待と不安の入り交じった顔を私がしていたのだろうと思います。エンジニアのマットさんが気づいたらしくそばに来て、すべて問題無いと笑顔で声をかけてくれました。この辺のリレーションも一流の証です。
リビングルーム
緊張をほぐすためにリビングルームにコーヒーを飲みに行ったところ、カメラマンの藤岡さんもコーヒーを飲んでいました。プライベートスタジオらしい、くつろいだ雰囲気が藤岡さんも気に入っているようです。今日行く撮影場所の話をしながら気分転換していたら、アシスタント・エンジニアが入ってきてリハーサルが始まったと知らせてくれました。
安心の瞬間
コンソール・ルーム
スタジオ・ブース(ミュージシャンが演奏をする部屋)の音がコンソール・ルーム(調整・モニター用の部屋)に返された瞬間、力強いケルト・サウンドが響きわたりました。私のイメージ通りの音がそこにありました。音の主は、コーンウォール・ケルト音楽の第一人者マイク・オコーナー氏。伝統音楽の研究で〝サー〟の称号を付与されている音楽家です。今回のサウンド・プロデューサーをお願いしました。その素晴らしいサウンドに私は思わずコンソール・ルームの窓からスタジオ・ブースに向かい、体ごとOKサインを出していました。
ヒラリー・コールマンさん
2曲目は地元でバート(ケルトの吟遊詩人)と称される、ヒラリー・コールマン。その歌声は、鬱蒼とした森と原野に覆われていた頃のコーンウォールを想起させるには十分でした。私のケルト音楽のイメージはホリスティックです。ヒラリーの歌声は家の暖炉の周りで家族や親しい友人達のために唄っているようでてらいも気取りもまったくないものでした。大地のような力強さとそよ風のような優しさと、子供をしかるような厳しさを感じる、素朴だけれど丁寧な歌でした。まさにケルトの吟遊詩人たるバートです。コーンウォールもやはりケルトの地だという確信が音を通じてわき上がりました。和気藹々と進むレコーディング、やはりスタジオに泊まって良かったと思いました。短いレコーディング期間で収録しますので、演奏家と心を通わせることにいつも苦心します。今回は我々がこのスタジオに泊まり込んで居ることを彼らも知っていて、とても良いムードで収録が進みました。2曲目が終わり収録曲をモニターしていたその時「ランチは食べないの」スタジオに突然大きな声が響きました。振り返るとレコーディング中の食事を一手に引き受けてくれる若き肝っ玉かあさん、サマンサがスタジオに食事の催促にやってきたのです。このサマンサ、全員がファンになるほど魅力的な女性です。この続きは次回お話しいたしたいと思います。