天空の茶屋敷を訪ねて
4月中頃と少し前ですが、福岡に行ってきました。福岡には旅の仲間が多く暮らしていて、福岡を訪ねる度に再会が楽しみだったりするのですが、今回はその中の一人の坂本治郎くんのところに遊びに行ってきました。
治郎くんとの出会いは2012年、中米のグアテマラでのこと。密林の中に点在するティカルというマヤ文明の遺跡へ旅仲間と訪れたときに出会いました。その旅仲間の一人に次郎くんの弟のトシくんがいて、「うちの兄貴がちょうど近くにおるけん、紹介します」と紹介されて出会ったのでした(次郎くんとトシくんは同時期にそれぞれ中南米を旅していたのです)
僕たちは一緒にティカル遺跡を見て回り、その夜は同じ宿に泊まりました。
世界一周の最中、次郎くんに会ったのはこの一回が最後でしたが、ヒッチハイク旅やヨーロッパ自転車旅、スペイン巡礼路の旅と様々なかたちの旅をしていた彼には不思議なシンパシーを感じていて、時折連絡を取っていました。そして、僕が日本に帰ってからは、何度か再会を果たしていました。
そんな次郎くんがお茶の里、八女の山奥にゲストハウスをオープンさせたと言うのだから行かないわけにはいきません。
ゲストハウスの名前はその名も「天空の茶屋敷(Sky Tea House)」([HP]天空の茶屋敷 Sky Tea House)。一度聞いたら忘れられないインパクトのあるネーミングで、条件が良ければ眼下に雲海が広がる素晴らしい自然に囲まれた宿です。
最寄りの交通機関はなし。事前連絡をすれば送迎がありますが、自転車や徒歩で来た人は割引があるという旅人ならではの料金設定だったので、自転車を走らせて行ってきました。
春の冷たい雨がシトシト降り続ける生憎の天気の中、えっちらおっちらと山間部を走ること一時間半。深い霧に隠された茶畑と石積みの棚田が連なる山あいの一番奥に天空の茶屋式はありました。近くの工場からは焙煎中のお茶の香りが雨に混ざってあたりをたゆたっていました。かつて旅した中国の雲南省やインドのアッサム州をフラッシュバックさせるような景色は、まさしくここがお茶の里だということを物語ります。
雨でも絵になるいいところだなぁ。
次郎くんがこの土地に居を据えようと決めた気持ちが分かる気がしました。
天空の茶屋敷は、もともと取り壊される予定だった古民家を次郎くんが譲り受けて改装したゲストハウスです。八女は彼のおばあさんが住んでいた町だそうですが、基本的にはゆかりがなかったところ。長旅の末に、日本の山里で暮らしていこうと決心した治郎くんは、地域の活動や集会に参加することで少しずつこの地域と信頼関係を育んでいったそうです。天空の茶屋敷はそんな彼と地域との関わりの集大成。
土間やかまどを備えた古民家ゲストハウスは、黒電話や和ダンス、モノクロTVなど昔懐かしい調度品で仕立てられていて、周辺の自然も相まって、時をさかのぼったような不思議な感覚に見舞われます。
一方で、屋根裏部屋にはハンモックが吊るさせていたり、棚田を見下ろす家の前には謎の鷹の彫刻が置かれていたり、隣接する車庫の小部屋にはミラーボールが怪しく光るカラオケラウンジが作られていたりと遊び心も満載です。
「周りに何もない田舎だから、こんな風に何をして遊んでもいいんですよ。」
と次郎くんは笑います。
「でも僕は何もしてないんです。みんなが集まってくれて、みんなが何から何までやってくれたんです。ここにあるものも全部もらいものです。」
次郎くんはそう謙遜しますが、彼の人柄なしにはこのゲストハウスは完成しなかったことでしょう。玄関をくぐったところには、ゲストハウスが出来上がるまでの様子を伝えるスナップ写真が飾られていますが、そこにはたくさんの外国人の姿が写っています。旅で出会ったり、お世話になった世界中の人たちが古民家改装のお手伝いにやってきたのだそう。
これってとてつもなくすごいことだと思います。
東京や京都といった観光地ではなく、交通機関も乏しい筑後の農村に次郎くんを慕って海外から人が続々とやってくる。それだけで彼の人柄や、どんな旅をしてきたのかが分かるような気がします。
八女の人々も次郎くんの活動に理解を示し、海外観光客の受け入れに好意的なのだそう。
「ここのお爺さんたちは肝が座ってますよ。言葉もわからないのにちゃんとコミュニケーションをとってるんです。」
お茶の里という場所柄、もともと季節労働者を数多く受け入れてきた土地ということもうまく働いたのかもしれません。そこに次郎くんと天空の茶屋敷という八女と外の人たちをつなぐ存在が絶妙にマッチした。自分自身も外の世界を自由に行き来できて、その土地にしっかり心を委ねることができる旅人だからこそできる役割なのではないかと思います。旅の終着点として一つの理想を体現している場所のように感じました。
昨年には次郎くんがガイドとなって、海外観光客向けのお茶ツアーも成功させました。八女の観光拠点として天空の茶屋敷がオープンした今、今後ますますここが盛り上がっていく予感がします(※ここを訪ねた後に開催された2017年度の一番茶ツアーも大盛況で終えたそうです)
「夏のあいだはしっかり働いて、お客さんの減る冬の間はまた旅をしようと思ってるんです。」
朴訥な九州男児らしく素朴ながらも力強く語る次郎くんは、これからも八女と世界の架け橋として、活躍の場を広げていくことでしょう。彼の言葉や行動にローカルとグローバルは常に表裏一体だということを強く感じました。
福岡県筑後の山奥に突如として現れる里山ゲストハウス天空の茶屋敷。何もかもが揃った便利さはありませんが、便利さの中では見つけられない何かがある。名物オーナーの次郎くんの宿にまた泊まりにいくことを約束して、翌日になっても止まない雨の山中を自転車で駆け下りて帰りました。
ちなみに次郎くんは八女市黒木町の中心部にあるおばあさんの家もCasa de Grandma(スペイン語でおばあちゃんの家)という名前で運営しています。こちらはなんと無料の宿泊施設。お茶摘みの季節労働者の受け入れ先としてだけでなく、八女市を訪れる旅行者にも開放されています(消耗品費などは寄付制)。ここから天空の茶屋敷まで歩くコースは八女の自然を堪能できる治郎くんおすすめのウォーキングコース。徒歩割も受けられるので一粒で二度おいしいコースになっています。