研究テーマ

きびそ、もう一つの絹

写真提供 鶴岡シルク株式会社

布の風合いは素材によっていろいろありますが、私たちの肌にやさしく目にエレガントなのはなんといっても絹、シルク。現在は高度に発達した化学繊維も元はといえば如何にシルクのような繊維がつくれるかという夢を追った科学者たちの努力で、まずナイロンから生まれてきたのでした。
タイトルにあげた「きびそ」は、その絹糸とともに生まれている、もう一つのシルクの呼び名です。

まゆ(繭)をつくるおかいこ(蚕)さん

撮影:Sue McNab

小学校の生物の時間や見学などで、まゆから絹糸がつくられることは誰でも知っていることですが、蚕が桑の葉をせっせと食べて糸つくりに励んで結果として繭のかたちが生まれる。その白い繭を見るとなんだか「おかいこさん、ありがとう」と自然の神秘に御礼したいような気がします。鶏の卵とまゆは自然の生んだ白の造形美の最たるものと呼べるでしょう。
さて、きびそは、かいこがまず最初に吐き出す糸です。まゆから糸口を見出すためにたぐっていく最初の少し硬い糸で、それを乾燥させたのがきびそ。水溶性の蛋白質を豊富に含み、シルクの持つ抗菌性、吸湿性、高難燃性、UVカットなどの特性をすべて備えているのでスキンケア商品の成分として活用されているそうです。

日本の絹の今からを考える

友禅の美しい着物や反物を呉服屋さんが自宅に持って来て、おばあさまやお母さまが娘たちのお正月用に整えるなどの光景も今は遠くなりました。和装の風習が途絶えていくだけでなく、海外のシルク産出の趨勢が日本の絹の需要を激減させています。今のままでいくと日本から絹の生産は消えるだろうという危機感すら専門家は抱いています。
群馬県の富岡製糸場が世界文化遺産に登録申請するというニュースにお気づきの方も多いと思いますが、ここは明治政府がつくった官営工場の建物として保存されています。日本の近代化の象徴のような絹織物産業の繁栄を偲ばせ、「近代社会」の功罪についての考察を誘う建築物がここにあります。
絹、麻、木綿、羊毛。人類は"肌見離さず"それらの素材とつきあってきて、これからもずっとそれは続くと思いますが、着る側の意志や努力も必要です。
経済性のみを追求しない、生産者の環境を守る、生物の自然を生かす、などの視点を働かせていくとオーガニックコットンや自然のウールの色などに到達します。今回の主題のシルクについてはどうでしょうか。

シルクのすべてを受け継いでいく

撮影:Sue McNab

山形県の鶴岡は、養蚕--製糸--精錬--染色・プリントー縫製、という絹製品作りの流れが一貫してできる希有の生産地として知られます。本格的な絹産地としては日本の北限で、高級絹織物を作り、また蚕品種の飼育技術を確立するなどの努力を続けています。そして今注目されるのが、きびそ。
きびそは繊維の太さが均一でなく加工しにくいことから生糸に使われなかったのですが、逆にゴワゴワして不揃いな糸の表情が独特の素材感を見せ、まさに100%シルクの魅力を秘めるもう一つの絹なのです。オーガニックコットンと合わせることでよりナチュラルな糸を生む、とデザイナーの試みも鶴岡では始まっています。
日本の自然と産業と文化が生んだ絹を、日本の中で作り続ける。そして今までは限られた面でしか生かせなかったもう一つの絹、きびそを生活にとりこんで楽しむ。そうすることで素材を継承していきたいものです。

きびそについてご存じの方、思い出のある方はいらっしゃいませんか。

研究テーマ
衣服