研究テーマ

スープのある幸せ

料理家・辰巳芳子さんのスープの世界を描いた映画「天のしずく」が、静かな感動を呼んでいます。離乳食に始まり命をまっとうする時期まで、抵抗なく喉を通り、人の体に寄り添ってくれるスープ。汁ものには、母乳にも似たやさしさがあるのかもしれません。寒さが厳しくなるこれから、1杯のスープが身も心も温めてくれそうです。

スープは、つゆ

今ではあまり使われなくなった言葉ですが、吸い物の汁、つけ汁、煮汁のことを、「おつゆ」と呼びます。「液、汁」と書いて、「つゆ」。麺つゆの「つゆ」ですね。もうひとつの「つゆ」は「露」。空気が冷えて大気中の水蒸気が凝結してできる水滴です。夜になって気温が下がり、夜露が降りてくることで、大地も木々も草も花も生き返る。それは、私たちが寒い日に温かいおつゆ(スープ)を口にしたとき、身も心もほぐされていくような、あの感覚と似ているのかもしれません。辰巳芳子さんは、その著書「あなたのために─いのちを支えるスープ─」の中で、「"つゆもの、スープ"と人のかかわりの真髄は、と問われたら、あらゆる理論を超えて、"一口吸って、ほっとする"ところ。いみじくも"おつゆ"と呼ばれている深意と答えたい」と書いています。先人たちは、ものみなを生き返らせる天の露と、人の心や体をほぐす「おつゆ」とを重ね合わせて、同じ名前をつけたのかもしれません。

スープに出る個性

天から降りてくる露と重ね合わせられるほどの慈味を、「おつゆ(スープ)」が持つのは、なぜでしょう。それは、材料に含まれるさまざまな栄養分が適度な高温で溶け出しているから。単一の食べものではつくり出せない、渾然一体の味と栄養がスープの魅力です。
その栄養分は、もちろん使う材料によって変わってくるのですが、水から煮出すのか、ゆっくり煮込むのか、強火で急激に煮込むのか、塩少々を加えるのか、といったつくり方ひとつで、変わってくるといいます。味だけでなく、含まれる栄養分にも、つくり手の個性が出るのだとか。「丁寧に、工夫を凝らしてつくられたスープや汁ものは、健康な人はもちろんのこと、消化する力の弱った人の命をはぐくむ食べものとして、滋養がある」という言葉(「汁もの、スープの滋養について」江指隆年)に、スープの奥深さと底力を見る思いがします。

日常のスープ

スープをはじめ煮込み料理のコツは、火加減にあるといいます。よく言われるのは、「弱火でことこと」。ゆっくり煮込むことで、素材のうまみを引き出すのです。
とはいえ、忙しい日常の中でスープを煮込む時間がない、という方も多いでしょう。そんなときに便利なのが、余熱を利用する保温調理。二層構造の鍋や鍋にかぶせるカバーなどを使って、保温しながら調理する方法です(詳しくは、2011年1月27日の当コラム「保温中は調理中」をご覧ください)。ひと煮立ちさせた後のお鍋を火から下ろして保温しながら仕上げるので、時間やエネルギーの節約にも。外出前に仕込んでおけば帰宅時には出来上がっていますので、手軽にスープを楽しむことができます。
もちろん、ていねいにやればやっただけの仕上がりになるのでしょうが、家庭料理は日々のこと。完璧を求めるより、自分でできる方法で気軽に作り楽しむほうが日々の食事を充実させ、「体と心を養う」ことにつながるのではないでしょうか。

味噌スープ

スープというと私たちは洋風のものをイメージしがちですが、味噌汁をはじめ、けんちん汁、すまし汁などの汁ものは世界に誇れる日本のスープです。
中でも、発酵食品の味噌で仕立てる味噌汁は、私たち日本人の日々の健康に欠かせないもの。洋風スープのように長時間煮込む必要もありません。日本の風土の中で生まれ、日本人の体を養ってきたこの偉大なスープに、私たちはもっと目を向けてもよいのではないでしょうか。
「だしを取るのが面倒」という声も聞こえてきそうですが、一番だし、二番だしなどと、むずかしく考えることはありません。伝承料理研究家の奥村彪生さんが煮物などに推奨している方法は、大きめのティーパックに煮干しや削り節を入れて材料と一緒に煮る方法。これは、そのまま味噌汁にも応用できそうです。朝の味噌汁なら、前の晩から、水を張ったお鍋に煮干しや昆布などを放り込んでおく方法もあります。具材に旬の野菜をたっぷり入れれば、その一椀が一日の活力源となることを実感できるでしょう。

みなさんは、どんな風にスープを楽しんでいらっしゃいますか?

研究テーマ
食品

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