お弁当
主食、メインディッシュ、副菜、ときにはデザートまで──食卓上に並ぶものを、弁当箱という小さな空間の中にコンパクトに収めたお弁当。それは日本の食文化の縮図とも言われ、色や栄養のバランスまで考えられたお弁当を「愛情の玉手箱」と呼ぶ人もあります。お金さえ出せば、お店でどんなお弁当でも手に入る時代ですが、みなさんは普段、どんなお弁当を食べていらっしゃいますか?
お米とお弁当
調理済みの食べものを携帯する習慣は世界各地にありますが、日本の「弁当」は他の諸国に見られないほどの発展を遂げたといわれます。そこに大きく関わっているのは、日本のお米。日本で一般的に食べられているお米は水分を多く含むジャポニカ米といわれる品種ですが、インディカ米などと比べて、柔らかく炊き上がり、冷めても味が落ちにくいのが特長です。ご飯を塩で握っただけの「おむすび」がお弁当として成り立つのも、おいしいお米があればこそなのでしょう。また、淡白なご飯は、出汁・醤油・味噌など旨み成分の多い調味料で味付けした副菜や漬け物などとも相性がよく、「冷えたご飯とおかずを食べる」という独自の食文化が形成されました。
弁当箱も味のうち
さらに先人たちは、目的に応じた意匠の弁当箱を生み出し、それを料理の一部と見立てて場面ごとに使い分けて楽しむことで、お弁当を食文化にまで昇華させてきました。腰に巻き付けて持ち歩くために身体のラインに沿わせた三日月形の「腰弁当」、曲げ物の「輪っぱ弁当」、おかずとご飯を二段にして詰め食べ終わったらコンパクトに収納できる「入れ子弁当」、行楽用の「塗りのお重」や引き出し付きの「提げ重箱(さげじゅうばこ)」などなど。新しく京都にできた弁当箱専門店は、フランス人男性が日本の弁当箱に魅せられて開店したものですが、そこに並ぶ多種多様なお弁当箱を見て心浮き立つ人が多いのは、弁当の伝統を思い起こされるからかもしれません。さらに言えば、ソーセージをタコ形に、りんごをウサギ形に見立てて飾り切りするのも、こうした日本の弁当文化と無縁ではないようです。
お弁当を楽しむ
自分でお弁当を作る「弁当男子」という言葉が流行語大賞にノミネートされたのは、2009年。当時は「不況による食費節減やダイエット目的」と解説されましたが、食と健康が直結していることに多くの人が気づいてきた証とも言えるでしょう。
「ランチをのぞけば、人生が見えてくる」をテーマに、働くオトナの昼ごはんを紹介する「サラメシ」という番組があります(NHK総合)。その中の「みんなのサラメシ」というコーナーで紹介されているのは、なんとも多彩なお弁当の数々。忙しい中で時間をやりくりしながら、それでも日々のお弁当作りを楽しんでいる人々の様子がうかがえます。キャラクターの顔を描いた「キャラ弁」やきれいに飾った「デコ弁」の人気も、食べる人の喜ぶ顔を思い浮かべながら、作る人も楽しんでいるということがミソなのでしょう。おいしくて経済的で身体にいい、というだけでなく、作る人にとってお弁当は自分を表現するツールにもなっているのかもしれません。
手抜き手作り弁当
とはいえ、毎日のこととなると、正直、面倒なときもあるのがお弁当作り。食生活研究家の魚柄仁之助さんは、「弁当を作るために30分も1時間も早起きするのはつらいから」と、手抜き弁当作りを勧めています。そのためには、「片手間で作る」「残り物を利用する」のがコツ。といっても、前夜の残り物をそのまま詰めるのではなく、前夜のおかずとはちょっと違う一品に化けさせるのです。そういうときの技が、サッカーなどで言われるインターセプト。つまり、横取りです。カレー用に煮る人参やじゃが芋、玉ねぎなどの火が通ったら、カレー粉を入れる前に一部を取り出しておき、翌日のお弁当のオムレツの具に。すき焼きや焼き肉の肉を少々インターセプトして味醂醤油につけておき、翌日、肉野菜炒めに。朝の味噌汁を作るとき、蓮根や南瓜、大根などを普段の倍量くらい入れておき、火が通ったところで半分を取り出して、すり胡麻や醤油、マヨネーズなどで和え物に──といった具合です。「お弁当だけを切り離して作ろうとするから、大変になる」という言葉には、なかなか説得力があります。楽しみながら続けるためには、がんばり過ぎないことがヒケツかもしれませんね。
お弁当は、三度の食事の中の一食として私たちの身体を養うもの。同時に、作る人と食べる人の心をつなぐツールとも言えそうです。それだけに、お弁当が何かの思い出とつながる方も多いのではないでしょうか。
みなさんの心に残るお弁当は、どんなお弁当ですか?