研究テーマ

日本の漬物

生で食べる野菜は? と訊かれたとき、現代人がまっ先に思い浮かべるのは、おそらくサラダでしょう。しかしサラダが入ってくるずっと以前から、私たち日本人は漬物というかたちで生の野菜を食べてきました。すでに縄文時代にはニレの皮など野生の植物を塩漬けしたものがあったといわれ、平安時代の宮中の儀式や制度などを記した「延喜式」にも漬物の記録があるほど、日本は漬物王国なのです。今回は、そんな漬物の魅力を再確認してみましょう。

漬物の味と栄養

漬物とは、野菜などの食品を塩などとともに漬け込み、保存性を高めながら風味をよくしたもの。発酵を伴うものと伴わないもの(浅漬けや梅干し)とがありますが、いずれにせよ、塩分の作用によって野菜の細胞から水分が抜け、そこに漬け汁や漬け床の成分が入っていくことで風味豊かに漬け上がります。同じ野菜を使っても、生のときにはなかった味や香り、栄養が加わるのは、そのため。さらに、発酵タイプの漬物は発酵によって多種多様なビタミンが蓄積されますので、生の野菜にはないビタミンまで、おいしく簡単に摂ることができるのです。

漬物は整腸剤

ダイエット食品にも使われているように、食物繊維は腸の掃除をしてくれます。野菜にはその繊維質が豊富に含まれているのですが、生のままではかさばって、そんなに多くは食べられません。でも漬物にすると、かさが減ってたくさん食べられるのは、多くの人が体験済みでしょう。かさばるサラダを食べながらドレッシングのカロリーを気にするより、ずっと理にかなった野菜の摂り方だと思いませんか?
また、糠漬けなど発酵タイプの漬物は、おなかの調子を整える乳酸菌を腸内に届けてくれます。昔の人は漬け上がった糠漬けを食べるだけではなく、二日に一度は糠床をぬるま湯に溶いて飲んでいたという話も。小匙1杯の糠床の中には、約7億匹もの乳酸菌や酵母などが生きているといいますから、微生物の力を体験的に知っていたのかもしれません。

糠みそは、おふくろの味

糠みそをよい状態に保つには「毎日手を入れてよくかき混ぜること」といわれます。糠漬けの主役である乳酸菌と酵母に適度な酸素を供給してバランスのよい増殖を助けるためです。
ここで注目すべきは、女性の手。昔から糠みそをかき混ぜるのは主婦の仕事とされてきましたが、それには深いワケがありそうなのです。実は、女性の身体は乳酸菌の宝庫で、頭のてっぺんからつま先まで元気な乳酸菌でコーティングされているのだとか。とくに授乳中のお母さんには、フェーカリス菌と呼ばれる乳酸菌がたくさんついていて、赤ちゃんを雑菌から守っているといいます。つまり、元気なお母さんが素手で毎日かき混ぜたものが、最高の糠漬け。人それぞれについたさまざまな乳酸菌が手から補給されて、「おふくろの味」を醸し出していたのです。

手軽に作れる漬物

微生物の力をフルに生かした発酵漬けは日本の誇る漬物ですが、毎日の手入れのこともあり、いざ作るとなると、少しハードルが高いのもたしかです。そんなとき手軽に作れるのは、発酵を伴わない浅漬けタイプの漬物。食生活研究家の魚柄仁之助さんが勧めるのは、「泪(なみだ)大根」や「その場漬け」。前者は大根を薄く輪切りにして塩をふってしばらくおいたもの、後者は野菜を刻んで塩もみしただけのものです。また、ひからびたりしなびたりした茄子やキュウリは、下干しして水分が抜けたのと同じ状態ですから、縦切りにして味噌の中に漬け込めば立派な味噌漬けになるといいます。
一方、米糠などが手に入らない海外駐在員の奥さんたちは、ビールとパンと塩で漬物を作るといいます。食パンかフランスパンをちぎって瓶に入れ、ビールを注ぎ、塩を加えて漬け床に。そこに野菜を漬け込めば、糠漬けと粕漬けの中間くらいの味の漬物に仕上がるのだとか。そういえばビールもパンも、酵母の力を借りて作る発酵食品ですね。

漬物はもともと、旬にたくさん採れた野菜や山菜などを長期間食べるために生まれた保存食です。自然に感謝しその恵みを余すところなくいただくために、先人たちが工夫を凝らしたそれは、日本の食文化と呼ぶにふさわしいものでしょう。季節を問わず欲しい野菜がいつでも手に入る昨今。保存食としてのみ考えると、漬物の必要性はあまり感じないかもしれません。でも、ご飯に合う生野菜といえば、やっぱり漬物。日本食の知恵を凝縮したようなこの食べものを、もっと日常的に食卓にのせたいものです。

みなさんの好きな漬物は、何ですか?

研究テーマ
食品

このテーマのコラム