研究テーマ

だしとうま味

海外へ行って日本料理が食べたくなり、日本から持っていった即席の味噌汁を飲んだらホッとした──そんな経験はありませんか? 食べものの中には、食べれば食べるほど食べたくなる、つまり「病みつき」になるものがあり、その要素として、油脂分・糖分・うま味の3つがあるといわれます。私たち日本人が味噌汁で癒されるのは、どうやら、うま味成分と関係があるようです。

日本のうま味から世界のうま味へ

日本では古くから、料理に昆布や鰹節、干椎茸などでとった「だし」が使われてきました。それらの中においしさのもとがあることを、経験的に知っていたからです。このことに注目して、昆布だしの主成分がグルタミン酸であることを発見したのは、日本人の学者。その味が「うま味」と名付けられたのは、今から100年ちょっと前のことでした。その後、鰹節に含まれるイノシン酸や干椎茸のグアニル酸がうま味成分であることを発見したのも、そしてこれらの食材を組み合わせて使うと相乗効果で何倍ものうま味が出ることを発見したのも、日本人です。
しかし、うま味は長い間、日本人にしかわからない味とされてきました。欧米には「うま味」という概念がなく、それにあたる言葉もなかったことから、「UMAMI TASTE」という学術用語としてローマ字表記されているのだとか。ところが、2002年、舌にうま味を感知する受容体が発見されたことで、事態は一変します。「甘味・塩味・苦味・酸味」に加わる第5の味として、「うま味」が世界に認知され、その機能に注目が集まるようになったのです。3年連続で世界一の称号を得たデンマークのレストランでは料理の隠し味として使われ、海外の料理学校ではうま味の講義が行われるまでに。「5つの味があるのに4つの味だけで料理するわけにはいかない」と言う外国人シェフもいるそうです。

日本のだしは究極のインスタント

だしは、うま味を持った食材を水に浸したり煮たりして、そのうま味を引き出したものです。日本料理の専売特許と思われがちですが、肉や魚を煮てスープストック(だし)をとることは、世界各地で行われています。
興味深いのは、他国のだしと日本のだしとの違い。スープストックは時間をかけてグツグツ煮出すことによって素材のうま味を引き出しますが、日本のだしには「煮込む」という発想はありません。「だしを引く」と言うように、水を媒体として、だし素材のうま味を引き出す「だし」なのです。
日本のだしが短時間でうま味を引き出せるのは、それを作る段階で時間と手間をかけているから。昆布が成長するまでに1年、鰹節のカビ付けに1年かけているからこそ、使うときには簡単にうま味が出るのです。水に浸けておくだけでうま味を引き出す「浸けだし」という方法もあるほどで、日本のだしは究極のインスタント食品ともいえるでしょう。
その一方で、「だしをとるのは面倒臭い、むずかしい」というイメージがついてしまっているのも事実です。プロのこだわりはともかく、家庭で作る日々の料理は、自分と家族の心身を養うもの。あまり気負わず、日本のだしの便利さを日常生活に活かしたいものです。朝の味噌汁なら、前夜、お鍋に水を張り、煮干しや刻んだ昆布、野菜などを入れておく。翌朝、それを少し煮たら味噌を溶き入れて、煮干しも昆布も全部食べてしまう。肩のチカラを抜いて作ってみると、だしの便利さ、簡単さに驚かれることでしょう。

うま味の効用

うま味は、医療の現場でも活用されています。例えば、加齢や薬の副作用などで唾液が少なくなり痛みや味覚障害を生じる「ドライマウス」の治療に使われるのは、昆布茶。薄めの昆布茶を飲むことで口の中の受容体がうま味を感知し、反射的に保湿効果の高いネバネバした唾液が出て、症状の改善につながるといいます。昆布茶のうま味がスイッチを押しているだけで、実際には自分の身体が治しているので、副作用の心配もありません。
放射線治療などで味覚が低下した癌患者の食事に、うま味を使う病院も。そこでは、ほうれん草を「だし」で洗っておひたしにしたり、鮭にうま味の強い胡麻ペーストを塗って焼いたりして、おいしく食べることで免疫力を高め、治療に耐えられる体力をつけてもらうのだとか。また、肥満解消にだしを活用する研究も進められているそうです。
しかし、うま味成分さえあればいいかというと、そう簡単なことではありません。「病みつき」になる食べものに話を戻すと、ラットやマウスの実験で油脂と砂糖とだしを食べさせると、それに対して欲望を持つことが確認されています。しかし、だしをうま味成分だけに替えると、病みつきにならないのだとか。うま味というのは、あくまでも、だしの一成分。たとえば昆布だしには、うま味成分のグルタミン酸だけでなく、他にもさまざまな成分が入っていて、その複雑な味わいこそが味覚を刺激するのかもしれません。そうとわかれば、家庭で「だし」をとることの必要性も見えてくる気がしますね。

「うまし(甘し・美し・旨し)」という古語は、「味がよい、おいしい」だけでなく、「満ち足りて快い」ことやモノを意味する言葉です。日々の食生活を「うまし」の状態にするのが、うま味を含んだ「だし」。みなさんは、だしをどんなふうに使っていらっしゃいますか?

くらしの良品研究所では、10月11日(金)より、有楽町「ATELIER MUJI」で『くらし中心~「かたがみ」から始まる3 食のかたがみ展・だし』を開催します。
うま味の原点、「だし」をかたがみに広がる、豊かな食の世界をご覧ください。

研究テーマ
食品

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