研究テーマ

ニッポンのコウジ

日本の国旗は日の丸、国技は相撲、国字は「かな」、国鳥は雉(きじ)…その国を代表するものは、「国」という冠をつけて呼ばれます。「では、国菌は? 」と訊かれたら、ほとんどの人は、答えられないばかりか、そんなものがあるのかと驚かれるでしょう。その正体は、カビの一種である麹菌(こうじきん)の中の、ニホンコウジカビ。日本の発酵食文化の立役者といわれる麹菌です。

神聖な麹

麹菌と日本人との付き合いは、6000年前の縄文時代までさかのぼるといわれます。麹菌は日本の温暖多湿な気候風土に適していて、加熱した穀物に繁殖しやすいのが特徴。「白」という色が神聖だった古代の人にとって、蒸した穀物についた白カビは神秘的なものだったのでしょう。神棚にお供えした蒸し米に白カビがつき胞子をのばす様子を見て、古代の人々は、それを「黴立(かびだち)」と呼びました。さらに訛って「カムダチ」→「カウダチ」→「カウヂ」→「コウヂ」と変化していき、いまのコウジになったといわれます。
また、漢字の「麹」は、麦に菌がついて菊の花が咲いたように見えることから。国字の「糀」は米に白い花が咲く様をあらわしていて、製品化されたものや米麹のみを指して言うこともあります。

「国菌」の麹

麹菌は、人間にとって有用な微生物の中でも最も分解能力にすぐれたカビで、日本をはじめ湿度の高い東アジア圏(一部、東南アジアにも)内にしか棲息していません。白麹・赤麹・青麹といろいろ種類があり東アジアには約200種類の麹菌が棲息しているといわれますが、日本の発酵食品に欠かせないのは、ニホンコウジカビと呼ばれる黄麹菌(学名:アルペルギルス・オリゼー)。数ある麹菌の中でも格段の分解能力を持ち、味噌も日本酒も酢もみりんも甘酒も、すべてこの黄麹菌によってつくられているのです。2006年、この麹菌は日本醸造学会で「国菌」に認定されました。ちなみに、醤油づくりに使われるのは「ショウユコウジ」(別名:醤油麹菌)、学名「アスペルギルス・ソーエ」。ニホンコウジカビよりもタンパク質を分解する働きが強力なので、大豆を原料とする醤油にはこちらのほうが適しているとされています。

麹と酵素

驚くべきことに、麹菌は、蒸した穀物に繁殖するときに100種以上の酵素をつくりだします。酵素とは、化学反応を一つだけ起こすことのできるタンパク質(アミノ酸の集合体)のこと。消化や呼吸、排泄、治癒などの生命活動に関わる物質です。ほとんどの生の食材に含まれていますが、生野菜などに含まれる酵素は、わずか数種類程度。それが、麹菌がからんだ発酵食品になると100種類以上の酵素を含むというのですから、麹菌の偉大さがわかりますね。
麹菌がつくりだす酵素の中でも非常に強力な分解酵素が、「プロテアーゼ」と「アミラーゼ」。プロテアーゼは、タンパク質をアミノ酸、つまり、うまみ成分に分解する酵素です。そして、アミラーゼはデンプンをブドウ糖、つまり、甘みに分解する酵素。タンパク質がうまみに変わり、食品のもつ自然の甘みを引き出すわけですから、おいしくないはずがありません。麹を使うことで食べものがおいしくなるのは、こんなメカニズムによるものだったのです。
また、麹の中には、脂質を脂肪酸に変えるリパーゼ(脂肪分解酵素)も。女性は40代から、男性は30代からこの酵素が減少していくため、食べたものが体内に脂質として残され、いわゆる中年太りになるのだといわれます。日本の発酵食品のほとんどにこのリパーゼが入っているといいますから、ダイエットをしたい方は、意識して発酵食品を食べるとよいかもしれません。

「さしすせそ」は、日本料理の手順を示す言葉ですが、「さ(酒)・し(塩)・す(酢)・せうゆ(醤油)・その他(味噌)」と、塩以外のすべては発酵調味料です。そして、日本の発酵食品に欠かせないのが、麹菌というカビの存在なのです。麹菌による発酵が、私たち日本人の味覚を育て、和食という食文化を生んでいるとしたら…目に見えない微生物の存在にもっと目を向け、その恵みを積極的に「いただく」ことで、豊かな食生活をおくれるのかもしれません。
みなさんは、発酵食品について、どう思われますか? ご感想、ご意見をお寄せください。

1月24日発行予定の小冊子「くらし中心 no.12」では、「発酵のちから」をテーマに、麹菌や酵素の働きについても詳しくご紹介しています。全国の無印良品の店頭で無料配布すると同時に、「くらしの良品研究所」のサイトからもダウンロードしてお読みいただけます。

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