研究テーマ

子ども食堂

「ひとりで食べるご飯はおいしくない」──多くの人が思うことですが、現実には子どもの塾や習い事、親の仕事など、さまざまな事情から、家族そろって夕食をとる機会の少ない家庭が増えています。一方では、貧困のためにまともな食事がとれない子どもの数も増加しています。そんな中で注目されているのが、子どもが一人でも立ち寄ることのできる「子ども食堂」。子どもに食事とだんらんを提供する活動ですが、今回は、その先駆けとして知られる東京大田区の子ども食堂をご紹介しましょう。

八百屋さんの「こども食堂」

店主の近藤博子さん

その子ども食堂は、東急池上線の蓮沼駅から徒歩で約1分。商店の立ち並ぶメインストリートから一本路地へ入った八百屋「だんだん」で、店主の近藤博子さんがはじめました。
そのきっかけになったのは、あるとき近藤さんが小学校の副校長先生から聞いた話。「親が病気などで暮らしが苦しい子どもの夕食が、バナナ1本や菓子パンだけで、学校給食を頼みの綱にしている」という現状でした。「子どもの"食"は、地域で何とかしなければ…」と考えた近藤さんは、そういう子どもが一人でも入れる「子ども食堂」を思いついたといいます。
開店は毎週木曜日。2012年のスタート当時は月2回でしたが、「木曜日はここに来ればいい、ということが子どもの安心感になる」と考え、2015年4月からは週に一度の開店に。「お金を払うことが自己肯定感にもつながる」という思いから、子ども300円(大人は500円)という料金を設定していますが、さまざまなケースに合わせ、その都度、臨機応変に対応しています。

小さな社会の中で

「子ども食堂」にやって来るのは貧しい子どもだけではありません。子ども連れの母親や一人暮らしのお年寄り、そして若い男性も。兄弟二人でやって来て、自分たちの食事が終わると、帰りの遅い母親の夕食を詰めてもらって持ち帰る子もいます。
「貧しい子だけに、というのは逆に差別化につながってしまう」「社会は縦割りではなくて、横も斜めもあり、いろんな人が居て成り立っているのだから、この場にもそういう関係をそのまま持ち込んだほうが自然」「大人も子どもも含めて、ここを訪れるいろいろな人の中に、そういう子もまじっていればいい」と近藤さん。そして、「"HELP!"のコールがあったときは、いつでも対応できる準備をしておけばいいのでは」という言葉は、ほどよい距離感で子どもを見守りながらおおらかに包み込む肝っ玉母さんを思わせます。

温かい場を提供する

子ども食堂の開店は午後5時半。冬のこの時期、陽の暮れた路地は薄暗いのですが、店の周辺だけはなんとなく明るい雰囲気です。人が集い、人が醸し出す温もりが、やわらかい明るさを生み出しているのでしょう。
元居酒屋だったという店内には、キッチンを囲むカウンターと5~6人掛けのテーブル、そして畳敷きの小上がり。壁面には、ギャラリーのように地域の人が描いた絵が飾られています。
「ご馳走さまでした!」という元気な子どもの声、「わぁ、完食!」と喜ぶ大人の声、「先週は来なかったけど、どうしたの?」と話しかける声、母親同士で談笑する声…大家族というより、隣近所の食卓によその子がごく自然にまじって一緒に食べている、寅さん映画に出てきそうな食事風景です。

一緒に食べるということ

取材時のメニュー

料理は野菜中心のごく家庭的なメニューですが、子どもたちは野菜を残さず食べています。「場の雰囲気でしょうね。毎日お父さんの帰りが遅くて母親と子どもだけで食べていると、どうしたって煮詰まってしまう。ここに来ると、親も子も解放されるのでは」と近藤さん。にぎやかな雰囲気の中で、子どもたちはのびのびと食事を楽しみ、大人は大人で、肩の荷をおろしているのかもしれません。
その一方で、子どもの"孤食"に対する親の意識の変化もあるといいます。「コンビニ弁当を買い与えてあるから、いいでしょ」「一人で食べると、自立心が生まれる」という考えの人も。「こうした社会的背景があるということをわかった上でお手伝いしていかないと、子どもの現実に合わなくなる」と近藤さんは語ります。

人が集う、開かれた場

子ども食堂以外の活動

「だんだん」の店内で行っているのは、子ども食堂だけではありません。小上がりのある店なので、もともと地域の人が来てお茶を飲んだり話し込んだりしていたのですが、いつの間にか地域の情報が集まり、発信する場に。1時間500円で子どもたちに勉強を教える「ワンコイン寺子屋」、読書会、料理教室、手話教室、寄席、こどもカフェ、絵本の読み聞かせ会、哲学を語るカフェなどなど、さまざまな活動が自然発生していきました。
そしてこのことが、子ども食堂を支える一助にもなってきたのです。実は、近藤さんのように個人で子ども食堂を運営しているのは、とても稀なケース。個人の活動に対しては助成金が出ないため、多くのところはNPOなどの組織にして運営しています。そこで近藤さんは、助成金に頼らず子ども食堂を継続していくために、店をさまざまな活動の「場」として提供し、そのテナント料で経済的に自立できる仕組みをつくろうと考えました。それは、「通ってくる子どもがいる以上、立ち行かなくなったから止めるというわけにはいかない。続けることに意味がある」という強い思いのあらわれであり、同時にまた、次世代の人にバトンを受け継いでもらうための方法でもあるのです。

「だんだん」とは近藤さんの故郷、島根・出雲地方の言葉で「ありがとう」の意味。「ありがとう」の思いが行き交う子ども食堂は、いま共感の輪を広げて、少しずつ各地に広がっています。
みなさんは、こうした活動について、どう思われますか?

研究テーマ
食品

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