おとそ
新しい年の幕開けまで、あとわずかとなりました。年明け元旦の朝に、まずいただくお酒といえば「おとそ(お屠蘇)」。単に祝いの酒というのではなく、一年の邪気を祓(はら)うための薬酒です。2015年最後のコラムは、新しい年を寿ぐ(ことほぐ)酒、「おとそ」についての話です。
邪気を祓(はら)い長寿を願う酒
「おとそ(お屠蘇)」とは、何種類かの生薬を調合した「屠蘇散(とそさん)」をお酒やみりん(味醂)に浸し、成分を抽出した一種の薬草酒です。「屠蘇」という難しい字をあてますが、その語源は、「『蘇』という悪い鬼を屠る(ほふる:体を切ってバラバラにする)」、すなわち「鬼退治」の意味とする説や、「鬼気(恐ろしい気配)を屠り(ほふり)魂を蘇生(そせい)させる」という説などいろいろ。いずれにしても、邪気を払い無病長寿を祈り、心身ともに新たにという願いを込めていただく、お正月ならではのセレモニー酒といってよいでしょう。
現代では、お正月の祝い酒として飲む普通の日本酒も「おとそ」と呼んだりしますが、本来のおとそは生薬を浸したもの。お酒の分類でいえば、リキュール類に入るそうです。
おとその効用
「屠蘇散」の中身は、漢方薬に使われる、いわゆる生薬。多いもので10種類、市販されている屠蘇散には、一般的に5~6種類が調合されています。よく使われる代表的な生薬は「サンショウの実」「ニッケイ(シナモン)の樹皮」「キキョウの根」「ミカンの皮」「ボウフウ(セリ科ボウフウ)の根」「ビャクジュツ(白朮/キク科オケラまたはオオバナオケラ)の根」など。専門家によれば、これらの生薬には胃腸を活発にしたり、血行を良くしたり、発汗を促したり、風邪を引きにくくしたり、利尿、咳止め、抗菌などの効能があるとか。さらに、お酒やみりんにはブドウ糖や必須アミノ酸、ビタミン類が含まれ、アルコールが血行を促すという効果も。寒いこの時期、しかもご馳走で胃腸の疲れやすいお正月に「おとそ」を飲むのは、健康のためにも理にかなったことなのでしょう。
おとそのレシピ
その昔は、生薬を調合するところから各家庭で行っていたという「おとそ」ですが、今の時代にそのまま真似しようとすると、ハードルが高すぎるかもしれません。
そこで、いろいろな人が薦めているのは、薬局などで売られているティーバッグ状の屠蘇散を使う方法。市販の屠蘇散1包みを日本酒か本みりんに数時間程度浸して薬効成分が溶け出るのを待ち、あとは袋を引き上げるだけ。ほのかな薬草の香りとかすかな苦味が爽快感を感じさせる「おとそ」のできあがりです。
すっきり好みなら日本酒だけ、甘いのが好きならみりんを増やすなど、お酒とみりんのブレンド比率を加減することで、口当たりと甘さを調節。初めて作る人は、みりんを多めにしたり、砂糖を加えるとさらに飲みやすくなるそうです。
完成品も市販されていますが、家庭で作れば、みりんだけのスイートからお酒だけのドライまで、好みの味わいを映した「わが家のおとそ」に。お酒もみりんも良質なものを選ぶのがポイントで、特にみりんは、みりん風調味料ではなく本みりんを使うことが大切だといいます。
おとその飲み方
「新年を寿ぐ酒」と聞けば、「乾杯!」と行きたいところですが、おとそをいただくには、普段のお酒とは異なるちょっとしたルールがあるようです。
地域や家庭によって異なりますが、一般的な作法としては──
- 1:おせち料理やお雑煮を食べる前に飲む。
- 2:飲むときは、東の方角を向く。
- 3:「一人これを飲めば一家くるしみなく、一家これを飲めば一里病なし」と唱える。
- 4:最年長者が最年少者に注ぎ、年少者から年長者へと盃を順にすすめる。(これは、「未来の象徴」である子どもの行く末の平安を願うとともに、若者の生気を年長者へ渡すという意味も込められているとか)
- 5:厄年の人は、最後に飲んで、厄年以外の人から厄を祓う力を分けてもらう。
──といったところ。
正式には、「屠蘇器(とそき)」と呼ばれる朱塗りか錫(すず)などのお銚子と三段重ねの盃でいただきますが、ない場合は、徳利と猪口(ちょこ)やぐい呑みなどを「屠蘇器揃い」に見立てるのもよいでしょう。お銚子や徳利にもお正月飾りや水引をつけると年神様が降りる目印になるとされ、一つのお盆に組み揃えると新年を寿ぐ風情になります。
普段は遠く離れて暮らす家族も、お正月だけは集まり、無事を確認し合って共に食事をする。そこに登場する「おとそ」には、先人たちのどんな想いが込められていたのでしょう。人が集う場にお酒は付きものですが、さらにひと手間かけて「おとそ」にすることで、家族の健康を願う祈りにも似た想いを表現したのかもしれません。
あるアンケート調査によると、おとそを飲む(作る)人は約30%。7割の人が、おとそなしにお正月を過ごしているといいます。お正月のさまざまな慣習は、それを通して身も心もリセットし、新たな気持ちで新しい年に臨むためのもの。来る年のお正月は、「おとそ」を味わいながら、家族の健康や幸せを静かに考える時間を持ってみてはいかがでしょう。
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