健やかに食べる
とても当たり前のことですが、人は食べ物を食べて生きています。産声を上げ、お乳を飲んだその瞬間から、すべて口に入れたものが血となり肉となり、自分の体を作り上げているのです。ですから、当然のごとく、食べ物と健康は切っても切れない関係にあります。今回は健康で長生きするために必要な「食」について考えてみました。
健康寿命
「健康寿命」という言葉をご存じですか。2000年にWHO(世界保健機構)が提唱したもので、入院したり介護を受けたりせずに健康的に過ごせた人生の期間を示す言葉だそうです。計算方法は簡単で、平均寿命から、寝たきりや介護が必要な期間を差し引いて割り出します。
このほど、「健康寿命」についての嬉しいニュースがありました。米国ワシントン大学などの研究チームが世界188カ国の2013年の「健康寿命」を調べたところ、なんと男女とも日本が1位だったとする調査結果が出たのです。男性が71.11歳、女性が75.56歳。これで日本は「平均寿命」と「健康寿命」の二冠を達成し、名実ともに世界一の長寿国となったわけです。と書くと良いように思えますが、実は手放しでは喜べません。なぜなら「寝たきりや介護が必要な期間」の長さも日本は世界一だからです。その長さは男性で約9年、女性で約11年。この期間をできるだけ短くし、さらに「健康寿命」を伸ばすために、毎日の食事が大きな鍵を握っているのです。
生活習慣病
平成25年の日本人の死因は、(1)がん(2)心疾患(3)肺炎(4)脳血管疾患(5)老衰の順だとか。日本人の2人に1人以上が3大生活習慣病といわれる「がん」「心疾患」「脳卒中」で亡くなっています。そして、この傾向は昭和30年代からずっと変わらずに続いているそうです。
ところが、戦後まもない昭和22年の数字を見ると、死因の上位は、(1)結核(2)肺炎(3)胃腸炎(4)脳血管疾患(5)老衰の順。栄養状態や医療の進歩もあるので一概には言えませんが、戦後わずか10年あまりで、急速に生活習慣病が増えたようです。
この変化の原因を「食生活の急速な欧米化」にあると考えるのが、「新世紀版 養生訓」の著者である医学博士の済陽高穗さんです。済陽さんは著書の中で、「戦後の食生活の欧米化で、肉や牛乳によるたんぱく質の摂取が増え、日本人の体格が向上し、平均寿命を延ばすことに役立ったものの、同時に多くの生活習慣病の原因ともなった」と言っています。
日本人に合った食事
済陽さんの本の中でもっとも印象に残ったのは、「日本人の体質に合った食事」という言葉でした。「人間の遺伝子は何千年、何万年という時間をかけて進化し、淘汰されていますから、先祖の食べ続けてきたものが、最も体になじんで代謝しやすい」というのです。で、それは何かというと「縄文食」であると。縄文時代はおよそ8千年間続いた日本史上最長の文化。ですから「縄文の食生活」に日本人の体が適応しているという説には深く頷けます。縄文人が食べていたものは、あわ、ひえ、きびなどの雑穀、青菜、山菜、いも、果物、キノコ類、堅果類(クリ、クルミ)、魚介類(鮭、牡蠣、えび、蟹)、海草類(こんぶ、海苔)、肉類(猪、鹿)など。こうして見ると、なかなかの健康食ですね。
済陽さんが言うのは、何も縄文食を食べなさいということではありません。ただ、戦後、あまりにも急速に食の欧米化が進んだために、今の日本人の食事が本来の体に合っていないのではないかというのです。「少し行きすぎてしまったこれらの食習慣や生活様式を是正することで、大半の生活習慣病を克服し、晩年にいたるまで人生を謳歌して過ごすことが可能になる」というのが済陽さんの主張です。
先人の食に学ぶ
今は健康ブームですので、巷には食や健康に関する情報があふれています。テレビやラジオ、雑誌などでも頻繁に特集が組まれ、やれコーヒーがいい、ヨーグルトがいい、いやオリーブオイルだなどと諸説紛々。四つ足動物の肉は体に悪いという人がいれば、歳を取るほどに良質な動物性たんぱくが必要だという人もいたりして、何を信じていいか分かりません。では、私たち日本人は何をよりどころに食生活を考えればよいのでしょうか。
迷ったときに立ち返るべきは、シンプルな物の考え方です。日本は島国ですので、他民族との交配があまりありません。ですから、この島でずっと食べられてきたものは、済陽さんが言うように、きっと私たちの体に合っているに違いありません。具体的に何をどう食べれば良いのか、詳しいことは書物の方に譲るとして、古来、先人たちが食べてきたものを知ることは、現代人の私たちが健康長寿を叶えるうえでの大きなヒントになりそうです。
大寒を過ぎ、寒さが底を迎えるこれからの季節、健康のためにあなたは何を食べますか?
ちなみに当コラムでも幾度か先人たちの「食と健康」についての話題を取り上げてきました。以下にご紹介しますので参考にしてみてください。
「おとそ」「初夏の秋、麦秋」「暦と食べもの-五月五日の粽と柏餅」「おからのちから」「ニッポンのコウジ」「植物の力」「日本の漬物」「根菜を楽しむ」「夏野菜」「発酵の神秘」「粒食」「冬野菜」「外ぐらし-梅干-」「旬を味わう-春野菜-」「旬を味わう-秋茄子-」「旬を味わう-春の野草-」「発酵食品にひそむ知恵」「乾物を考える」
参考図書:「新世紀版 養生訓/済陽高穂」(河出書房新社)