研究テーマ

露地野菜を楽しむ

花屋さんやホームセンターの店先で、夏野菜の苗を見かける季節になりました。色とりどりの花の苗に比べて手を出す人が少ないのは、その地味な外見と「野菜には畑が必要」というイメージからでしょうか。畑がなくても、庭の片すみや鉢植え・プランターでも、意外に簡単に育てられる野菜たち。花壇に花を植えるように、ベランダで花の鉢を育てるように、気軽な感じで、野菜作りを始めてみませんか?

野菜前線北上中

ジャガイモは初春の鹿児島・長崎からはじまって夏の北海道へ、タマネギは3月頃に佐賀や愛知ではじまって10月頃の北海道で終わり──南北に長い日本列島では、季節の移り変わりとともに野菜を収穫できる産地も少しずつ北上していきます。桜前線ならぬ、旬の「野菜前線」があるのです。
これはもちろん、露地野菜の話。文字通り、露地(屋根などのおおいがなく露出した地面)で栽培される野菜ですから、種のまき時期や収穫時期はその土地の気候や風土と深くかかわり、季節を映した野菜前線となるのでしょう。

「旬のチカラ」を借りる

露地野菜は、自然のリズムにのっとって「旬」の時期に合わせて作る野菜です。旬とは、その野菜が育つのにもっともふさわしい条件が自然に揃った時期。その時期になると、太陽の傾きや大気の温度などから、野菜は自分たちの季節が巡ってきたことを感じ取り、育つべくして自力で育つといいます。だから、おいしいのはあたりまえ。夏野菜のトマトを冬に育てようとしたら、とてもこうはいきません。季節に合った野菜を選べば、野菜作りが初めての素人でも、野菜はそれなりに育ってくれる。自然のリズムに沿って行えば、野菜作りは決して難しいものではないのです。

育てる楽しみ

安心安全でおいしい野菜が手に入るのはもちろんですが、それ以前に、育てる過程でもさまざまな楽しみを味わえるのが野菜作りです。
一粒の種が土をかきわけるようにして芽を出す姿、ふた葉から本葉になり背丈を伸ばしていく姿…野菜作りは子育てにも似て、成長していくものを見守っていく楽しみがあります。マメ科の花はスイートピーのように愛らしくオクラの花はハイビスカスの花に似ていること、トウモロコシのひげの数は粒の数と同じだということ、走りの時期は青くさかったピーマンが名残の時期になると野太い濃厚な味になること…数々の発見は、自然とつながる喜びを与えてくれるでしょう。

野菜作りのコツ

「完熟」という名前を広めたことで知られる永田農法の永田照喜治さんによれば、「野菜作りのコツは、肥料や水をギリギリまでグッと我慢して与えないこと(※)」。そうすることで、「野菜は飢餓状態になり、懸命に根から養分や水を吸収しようとして活性化」するといいます。
また、できるだけ原生地の環境に近づけることで、「野菜本来の生命力が蘇り、その結果、野菜本来の味が引き出される」とも。たとえば、アンデス高地の石ころだらけの砂漠を故郷とするトマトなら、風通しと日当たりに加えて、「乾燥した土と空気、昼夜の寒暖差等の環境」を与えます。長雨が続くときは雨除けをかけたり、鉢物なら室内に入れたり。夏場の西日があたるようなベランダで育てるなら、クーラーの室外機から遠ざけたり、コンクリート床からの放射熱を避けるためにスノコを敷いたりといった具合。「植物も私たちと同じ」「私たちも風通しが良ければ気持ちいいし、雨が降れば傘を差し、日除けには帽子をかぶる」と言われてみると、なるほど、わかりやすいですね。

収穫前にも収穫の楽しみ

野菜栽培には、「間引き」が付きものです。こうした間引き菜も捨てずに、吸い物やサラダなどで「ぜひ食卓で味わってほしい」と永田さん。「小さいながら、その野菜の味や香りがほんのり」して、「家庭菜園だからこそ味わえる贅沢な一品」だと言います。また、トマトの脇芽も「ボイルしてサラダにすると、その苦味と爽やかな香りが本当にオツ」で、美しいオクラの花も「オクラのトロミがかすかに口中に広がる」おいしさだとか。お店では手に入りにくいニンジンやダイコンの葉っぱも、永田さんは菜飯や炒飯の彩りに勧めています。いずれも、自分で育てているからこそ味わえる家庭菜園の醍醐味といってよいでしょう。

食べる時に食べる量だけ

一部の例外はあるものの、野菜のおいしさは鮮度で決まります。とはいえ、買う野菜は、私たちが手にする時点で既に時間がたっているもの。ましてや使い切れなかった野菜はどんどん鮮度が下がっていきますが、土に根をおろした野菜はそうではありません。
色づいた順に摘んで食べるトマト。下の葉や外の葉から順番に必要なだけを収穫するシソやパセリ、リーフレタス。やわらかい芽の部分だけを手で折りとって収穫しながら、次々と出てくる新しい芽をまた食べていく春菊…採れたてのおいしい野菜を、その都度、必要な量だけ収穫して味わうことができるのは、自分で育てていればこその贅沢。一度に少量しか使わないハーブなども、家庭菜園なら必要な量だけを摘み取って、いつでもフレッシュな香りを楽しめます。

生長を楽しみに待つ時間、季節と向き合う時間、そして収穫したものを家族や友人とともに楽しみ味わう時間…野菜を育てることで生まれる豊かな時間は、そのまま、日々を大切にするていねいな暮らしにつながるでしょう。
夏野菜の苗の植え付けは、まだまだ間に合います。この夏は、たとえ一鉢でも、自分で育てた野菜を味わってみませんか。

※永田照喜治『「極上野菜」をベランダで作る』光文社文庫

研究テーマ
食品

このテーマのコラム