和の食、和食。
「最近、和食を食べましたか?」─ある日のテレビの街頭インタビューで、こんな質問をしていました。マイクを向けられた人の多くは、「食べていない」という答え。「和食は物足りない感じ」「洋食の方が好き」というのが、その理由です。ユネスコの無形文化遺産に登録され、昨年のミラノ万博でも日本館に長蛇の列ができるなど、世界的に注目を集めている和食ですが、私たち日本人の間では存在感が薄まりつつあるのでしょうか?
和食と洋食
そもそも「和食」とは、何でしょう?「和食」とは、明治維新以降の造語で、「洋食」という語と対になって生まれた言葉。開国によって外国から入ってきた食べ物に西洋の「洋」をつけて洋食と呼んだことに対して、従来の日本の食を「和」の食と呼んだことがはじまりです。海外から入ってきたものを受け容れ、咀嚼し、変容して独自のものをつくりあげてきたのが、日本の文化。開国当初ならともかく、今ではスキヤキ、カレーライス、肉じゃがなど日本流にアレンジして定着した料理も数多くあり、洋食と和食の線引きはなかなかむずかしいかもしれませんね。
和食は日本文化
「和食とは何か」を考えるとき一つの基準になるのが、和食がユネスコに登録されたときの提案書に盛り込まれた概念です。そこには、和食の特徴として、「①多様な食材とそれを生かす工夫②バランスのよい健康な食③自然の美しさの表現④正月などの年中行事と関連し家族や地域の絆となっていること(※)」と記されています。
つまり和食とは、「"自然の尊重"という精神にもとづき、人と自然が融合した食事を通して、家族や地域が結ばれる社会的慣習」であり、「四季折々の自然の中で生み出される食材を生かし」、「自然の命をいただくことに対する感謝の気持ちが込められて」いて、「それらを食卓を囲んで皆で食べるということが、家族や地域社会を結ぶ絆になる」という、「まさに日本文化そのもの(※)」なのです。
※『和食ブックレット』(一般社団法人 和食文化国民会議発行)より
一汁三菜
和食の基本形は「ご飯・汁・おかず(菜)」で、この三者が絶妙なバランスで組み合わされて成り立っています。主菜に加えて副菜が二品つけば、いわゆる一汁三菜。米のご飯は、アジアの稲作文化圏では当たり前のことですが、一汁三菜というスタイルは、日本の歴史のなかでつくりあげられた独自の食文化だといわれます。
淡泊な味わいでどんなおかずとも合わせやすいご飯をベースに、魚や肉など動物性食品中心の主菜と、野菜・芋・豆などの副菜を組み合わせ、具だくさんの汁を添える。この基本形が、何百年も続き継承されてきたのは、簡単にいろいろな組み合せができて、味の面でも栄養的にもバランスのとれた食事になるからです。しかもそこに、旨みたっぷりのダシや発酵調味料が使われるのですから、鬼に金棒と言ってもよいでしょう。
絶滅危惧種?
無形文化遺産に登録されたというと、一流の日本料理店で供される美しい会席料理のようなものを想像しますが、登録の中身は私たちが日常的に、あるいは行事の際などに折に触れて食べている、一汁三菜を基本とした家庭料理。「日本人なら誰もが見慣れた当たり前の食事がなぜ無形文化遺産に?」と、不思議な気がしないでもありません。
それというのも、世界で理想的と認められる和食が、日本国内では、とくに日常の家庭の食では、その存続すら危ぶまれていたという事情があったからです。つまり、「"遺産"として登録しておかなければならないほど、日常食としての和食は危うい段階」に来ていて、「味噌汁や和え物は、いまや"絶滅危惧種"」とまで言われていたのだとか。この登録に尽力した人の多くが「無形文化遺産登録はゴールではなくて運動の出発点」と語るのも、そうした理由からなのでしょう。
変化しつづける和食
私たちの日々の食事を振り返ると、たしかにパンや麺類の食事も多く、一つのお皿で済ませるワンディッシュディナーも増えています。「一汁三菜なんて、洗い物だけでも大変」という声も聞こえてきそうです。
でも、和食は海外からの食文化を取り入れながら、それぞれの時代の人々に合うようにアレンジされ変化してきたもの。東京家政学院大学名誉教授で和食文化国民会議副会長の江原絢子さんは「主菜をハンバーグにして、野菜をたっぷりにご飯と味噌汁を組み合わせるのも現代の和食の組み合せ」とアドバイスします。たとえ内容が変化しても、季節感を盛り込みながら、一汁三菜という構成を意識するだけでも「和食」らしくなりそう。ワンブレートに三菜をのせてもいいでしょう。一日一食は「ご飯」にするのも、和食を自然に取り入れる近道かもしれません。
和食の「和」には、「日本、日本風」というだけでなく、「なごやかなこと、おだやかなこと、仲良くすること、あわせること」といった意味もあります(『広辞苑』)。栄養的にも味の面でもバランスがとれ、自然と調和し、人の身体にもおだやかで、人と人の間をつなぐのが和食。せっかく「和」の国に住んでいるのですから、もっと気軽に和食のおいしさを味わってみませんか?