研究テーマ

農と街をつなぐ

東京都の国立市、JR国立駅の南口を降り、線路づたいに西へ向かって歩いていくと、その店はあります。「しゅんかしゅんか」という名前のマルシェのような八百屋さん。「都市農業を守りたい」という思いから、一橋大学の卒業生らが中心となって始めた地域野菜の直売店です。この店から始まった"農と街をつなぐ"新しいビジネスについてご紹介します。

野菜の顔が見える店舗

「しゅんかしゅんか」の店舗に入ってまず目につくのは、新鮮な野菜たち。近隣の契約農家から集荷してきた朝採れの野菜です。それぞれの商品の前にはプライスカードがあり、つくった農家の名前と産地が記されています。「店舗がメディアになれれば素敵だと思う」というのは、取材に応じてくれたスタッフの金子めぐみさん。「今日食べているトマトは、誰がどんな思いでつくったんだろう。そんな商品の背景までお伝えしてお客様に品物を選んでいただきたい」。だからこそ、お客様との対話を大切にしているそうです。
「しゅんかしゅんか」の開店は、いまから5年前の2011年7月。今や地元にすっかりなじんだこの店をはじめ、2012年には地場野菜の料理とワインを提供する「くにたち村酒場」を、そして西国分寺駅構内に「にしこくマルシェ しゅんかしゅんか」をオープン。さらに2014年には立川に、今年は多摩センター三越内に野菜の直売店を開くなど、順調にビジネスをひろげています。

学生時代の活動が、原点

株式会社エマリコくにたち代表 菱沼勇介さん

「しゅんかしゅんか」を運営するのは株式会社「エマリコくにたち」。代表を務める菱沼勇介さんは、一橋大学商学部の出身です。学生時代から地域の活性化に興味があった菱沼さんは、授業で行われた"まちづくりプロジェクト"でカフェの運営を提案します。高齢化した団地内にある商店街の空き店舗を活性化するためのアイディアです。
「Cafeここたの」と名づけられたコミュニティカフェの運営は、授業が終わった後もサークル活動という形で継続。初代の店長だった菱沼さんが卒業したのち、カフェの運営を受け継いだのは、後輩の渋谷祐輔さんでした。現「エマリコくにたち」の副社長です。つまり、大学時代の地域活性プロジェクトで一緒だった2人が立ち上げたビジネス、それが「エマリコくにたち」だったのです。

正社員の座を捨て、起業

大学卒業後、大手の不動産ディベロッパーに就職した菱沼さんは、一流企業で働くなか、徐々に「仕事のスケールや金額の大きさでは感動できない自分」に気づいていきます。そうして3年後、大企業の正社員というポストを投げうち、みずから起業の道を選択し、学生時代のホームである国立に戻ることにしました。国立に来ればなんとかなる。ここには「人の縁」があるからです。
その縁により、地場野菜の直販をやっているNPO法人から、事務局長をやってくれないかと依頼されました。引き受けた菱沼さんは、やがて「野菜の直販をビジネスにしよう」と考えるようになります。そして後輩の渋谷さんに声をかけると、「僕もやります!」と嬉しい返事が返ってきました。渋谷さんもまた大手企業の社員の座を投げ捨て、事業に合流したのです。社名の「エマリコくにたち」は、「縁」を作り、「街」を育て、「利益」を生み、社会に「貢献」するという意味。「人の縁」や「つながり」を大切にする会社なのです。

注目されるコミュニティビジネス

「コミュニティビジネス」とは、「市民が主体となって、地域が抱える課題をビジネスの手法により解決し、またコミュニティの再生を通じて、その活動の利益を地域に還元するという事業のこと※」。「エマリコくにたち」がめざすのはまさにここです。解決すべき社会課題は「都市農業を残すこと」。そのために近隣の地域にある90軒あまりの農家と契約を結び、毎朝、採れたての野菜を集荷し、販売しています。
「エマリコくにたち」の仕入れは買い取り方式。その日用意した野菜はすべて現金で買い上げてくれるので、農家が抱えるリスクは軽くなります。「野菜を売るのは私たちの仕事。農家さんにはいい野菜をつくることだけに専念してもらいたい」というのが「エマリコくにたち」の思いです。
「国立市ではこの20年間で農地が半減しました」と菱沼さん。原因は1980年代に起きたバブルによる土地の高騰でした。固定資産税や相続税の負担に耐えかねた農家が、税金を支払うために土地の一部を転売したのです。とはいえ、国立周辺にはまだまだ農地が残っています。用水路にはザリガニやドジョウ、カワセミの姿も。畑や田んぼのある都市の風景を守るためにも、彼らは今のビジネスを拡大しようとしています。

「私たちの一番の財産は地域との"つながり"です」と語る菱沼さん。「人と人がつながれば何かが生まれる。そして、このプロセスがまちというコミュニティを元気にしていく」
「まちなか農業を次世代につなぐこと」「都市市民の楽しい食卓をサポートすること」など、「エマリコくにたち」が掲げるビジネスのミッションは、飽くなき利潤追求が築き上げてきた私たちの社会の風景を、少しずつ変えていくことになるのかもしれせん。

※参考資料:
特定非営利活動法人「コミュニティビジネスサポートセンター」 > コミュニティビジネスとは
くにたち野菜 しゅんかしゅんか

研究テーマ
食品

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