研究テーマ

職と農をつなげる─ホームレス農園

市民農園、区民農園、学校農園、農業塾、家庭菜園…いろいろな場で、多くの人が土に触れ、作物を育てる喜びを味わっています。今回ご紹介するのは、ホームレスの人たちが社会復帰に向けて働く「ホームレス農園」。都会の畑を舞台に、「職と農をつなげる」取り組みです。スタートから9年経った今では、生活保護受給者やニートも受け容れて、その就労の後押しも。生きにくさ、働きづらさを抱えた人たちをよみがえらせる畑とは、どんなものなのでしょう。

小さな体験農園から

お話をうかがったのは、「NPO法人 農スクール」代表の小島希世子さん。10年ほど前、農家直送野菜のネットショップを立ち上げた「畑仕事大好き女子」です。ホームレス農園のきっかけとなったのは、ネットショップにかかってきた一本の苦情電話。その内容は、「大根に土がついていた」というものでした。大根が土の中で育つということを知らない大人がいるということに衝撃を受けた小島さんは、土と人をつなげる体験農園の必要性を痛感。2008年、横浜に小さな市民農園を借りて、家庭菜園塾「チーム畑」をスタートさせました。

食と職をつなぐ畑

希望者を集めることはできたものの、体験教室が行われるのは週末。平日の畑の世話をする人は、小島さんしかいません。そんなときに思い出したのが、学生時代にホームレスの人と交わした会話。路上に雑誌を並べて売るその人に「なぜ就職しないのですか?」と尋ねると、「就職したくても、住所も電話番号もないから無理だ」という返事でした。「おじさんは働かないのではなくて、働きたくても働けないんだ…」。その6年後、小島さんは平日の畑の管理を手伝ってもらうため、ホームレスの人たちをアルバイトに雇うことにしたのです。

ホームレス農園

最初の1年間を共に過ごしてみて、小島さんには、ホームレスの人たちが自信を取り戻していったように見えました。最初はうつむきがちで表情に乏しかった人たちが、畑に通ううち日に日に顔色がよくなり、笑顔も出るように。
「農作業を通して人から"ありがとう"と言われ、労働の対価としてまっとうに賃金を得て」しかも「野菜たちは彼らがいないと大きく育つことができない」といったことで、「"自分がここにいていい"という実感を得られた」ためではないか、と小島さんは考えています。そして何より小島さんが実感したのは、「農には人生を再生する力がある」ということでした。

ホームレスからファーマーへ

畑でのこうした変化に手応えを感じた小島さんは、ホームレスの人たちに本格的に農業をしてもらう場を求めて、2011年、農園の場を現在の神奈川県藤沢市に移します。そして、ホームレスだけでなく生活保護受給者やニートの人たちも受け容れ、2013年からは「NPO法人 農スクール」として、こうした人たちが農を舞台に一歩前進できるように就労・自立を後押し。ここから巣立って、地方の農家で働く人も出てきました。
これまでの受講生は、「チーム畑」の時代も含めて延べ75人。中には10年間引きこもりをした後、畑に通い始めて元気を取り戻し、そのうち畑でリーダーシップを取るようになり、農業を仕事にする進路を選んだ人も。これも、小島さんの言う「農の力のおかげ」なのでしょう。

ひとりひとりが輝くために

「仕事を求めるホームレス」と「働き手を求める農家」とをつなげることで、「ホームレスの自立」と「農業界の人手不足」を同時に解消できれば─もともと、小島さんにはそんな思いがありました。でも今では「就農」にこだわることは止めたといいます。それよりも、「"農という舞台"で少しでもいいから、気づきや変化を得てもらう」「生きる意欲のない人たちに生きていることは楽しいと感じてもらえたり、自暴自棄になっている人たちに自分も他人も大切だと気づいてもらえたり」することの方が大事だと思えるようになったからです。それは、「土の匂いで解放され」「畑で植物や生きものと向き合うことで、自分自身と向き合う場が持てた」という小島さんの実感から来ているのでしょう。

畑の力、農の力

農園に集う全員のために小島さんが設定したゴールは─

  • 1)土と向き合うことで、自分自身とも向き合う
  • 2)農作業を通じて、自分のいいところを見つける
  • 3)つらいときに支え合えるような仲間作りを心がける

──というもの。研修は、畑での実作業とその日の作業を振り返ってひとりひとりが感想を書く「ワークノート」との二本立てで進められます。とはいえ、「複雑なカリキュラムを組んだりしなくても、みんなで畑に出て作業をしていれば、不思議とみんなは元気になったり、優しくなったり、口数が増えたりしていく」と小島さん。
「"ただ畑に出て作業をする"という極めてシンプルな中に、私たちが生きるのに必要なすべて(意欲や希望や心の充足)の要素がつまっている」という言葉に、「畑(農)の力」を思わずにいられません。

農スクールの近くには小島さんが運営する体験農園「コトモファーム」もあります。小島さんの目標のひとつは、「体験農園の講師を農スクールの卒業生たちができるようになる」こと。野菜だけでなく、多様な生きものがごくあたりまえのように共生する自然栽培の畑を見ていると、その目標がかなう日もそう遠いことではないような気がしてきます。人を癒し、再生する畑。「農の力」は、私たちが想像する以上に大きいのかもしれません。

※NPO法人 農スクール [HP]NPO法人 農スクール | 土が人を育てる畑の学校
※参考図書:『ホームレス農園』小島希世子(河出書房新社)

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食品

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