研究テーマ

「いただきます」の、こころ

学校の給食の時間、みんなで声を合わせて「いただきます」を言って食べ始める─よく見かける光景ですね。ある調査によると、食事の前に「いただきます」を言っている人は9割を超えるとか。その一方で、何年か前、「給食費を払っているのだから"いただきます"を言う必要はない」といった意見が保護者から出されて、話題になったこともありました。多くの人があたりまえのように使っている「いただきます」には、どんな意味があるのでしょう?

「いただきます」の語源

「いただきます」の「いただく」は、「もらう」「食べる」「飲む」をへりくだって表現する言葉。もともとは、ものを頭上に載せたり高くささげたりする動作を指す言葉でしたが、目上の人からの賜りものを受け取るときや神様にお供えしたものを食べるときなどに、それを高く掲げて謹み(つつしみ)や感謝を表現したことから、謙譲語として使われるようになったといわれます。
ちなみに、食事の後の「ごちそうさま」は、漢字で書くと「御馳走様」。「馳走」は走りまわるという意味で、人をもてなすために食材を求めて奔走する様子をあらわし、そんな大変な思いをして食事を準備してくれた人への感謝が込められた言葉です。

「いただきます」の二つの意味

食事を始めるときのあいさつ、「いただきます」には、二つの意味があるといわれます。
一つめは、食材を作る人や運ぶ人、料理を作る人など、食事に携わってくれた多くの人々の知恵や労力に対する感謝をあらわすこと。
そして二つめは、食材となってくれた命への感謝。穀物にしろ、野菜にしろ、魚にしろ、肉にしろ、すべての食べものはもともとは「生きもの」です。「"いただきます"の言葉の前には"いのちを"という言葉が隠されている」と言う人も。多くの命をいただいて自分の命を養わせてもらうことに感謝し、いただいたたくさんの命とともに生きていることを確認する言葉でもあるのです。

恵みに気づく

撮影:中村將一
浄土真宗には『食事のことば』というものがあるそうです。『食前のことば』は「多くのいのちと、みなさまのおかげにより、このごちそうをめぐまれました。深くご恩を喜び、ありがたくいただきます」、『食後のことば』は「尊いおめぐみをおいしくいただき、ますますご恩報謝につとめます。おかげさまで、ごちそうさまでした」というもの。浄土真宗本願寺派・本願寺のホームページでは、「『食事のことば』をつねに自ら声に出すことによって」「目の前の食事には、そこまでに至る大きなおかげとめぐみがあることに気付き」「そのことによって、ものの本当の価値を見出だす人間性が養われていくことになる」と解説しています。

「いただきます」は日本だけ?

外国にも「いただきます」のような言い回しはあるのでしょうか? 英語の自動翻訳で「いただきます」と入力してみると、「Let‛s eat」と出てきます。でもそれは、例えば人を招いた食事の席で、その家のホストが「さあどうぞ、遠慮なく食べてね」といった意味で言う言葉であり、私たちが使う「いただきます」とは立ち位置が正反対のものだとか。フランスやイタリア、ドイツには、食事の前に言う言葉があるそうですが、いずれも「よい食事を!」という意味合いで、日本の「いただきます」とは性格を異にするようです。
一方、映画などでよく目にするのは、敬虔なクリスチャンが食前にお祈りをするシーン。一般的には「食べものを与えてくれた神への感謝」と受け止められていますが、それだけでなく、「この糧をいただきます」という意味も込められているといいますから、日本語のニュアンスに近いのかもしれません。

祈りを含んだあいさつ

諸外国との違いがわかると、「いただきます」は日本の古き良き伝統と思いたくなりますが、実はこの習慣が全国的に広まり始めたのは意外に新しく、せいぜい大正から昭和初期。一般化したのは戦後に入ってからの話だといいます。 昭和初期のある調査によると、調査対象となったすべての家庭が神棚や仏壇にご飯を供えていたとか。それに対して、神棚や仏壇のない家のほうが多くなっている現代。「そのため、食前のお供えの風習が変化し、神仏に対する祈りの仕草である合掌が、食事のあいさつの仕草となったのではないだろうか」と解説する人もあります。そうなると、クリスチャンの食前の祈りともつながってきそう。いずれにせよ、「いただきます」という短い言葉の中には、想像していた以上の深い意味が込められているようです。

私たちは、食べものを通じて、生きとし生けるものの命とつながっています。そのことに意識を向ければ、「お金を払っているのだから"いただきます"と言う必要はない」といった発想は出てこないでしょうし、ひとりで食べる食事でも広い世界とのつながりを感じることができるでしょう。
ともすれば効率や経済性に流されがちな日常のなかで、「いただきます」は一日3回、大いなる自然に感謝し、自分をリセットするためのコンパクトな儀式といえるかもしれません。
みなさんは普段、どんな気持ちで「いただきます」を言っていらっしゃいますか?

研究テーマ
食品

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