研究テーマ

おいしいって、何だろう?

たとえば目の前にたくさんの食べものが並んでいるとき、いちばん好きなもの(=いちばんおいしいと感じるもの)から食べるか、それとも最後の楽しみに取っておくか。そんなことが性格判断の材料にされることもあるほど、「おいしく食べる」ことは人にとって大きなテーマです。もちろん、何を「おいしい」と感じるかは、人それぞれ。味の好き嫌いだけでなく、食べる環境、一緒に食べる相手、そのときの気分や体調によっても左右されます。では、「おいしい」って、いったい何でしょう?

おいしいは、心身を育む

「口から摂るものだけが、人の身体をつくるのです」──時代小説シリーズ『みをつくし料理帖』(髙田郁/ハルキ文庫)のなかで、料理人である女主人公・澪に向かって医師の源斉が言う言葉です。舞台は江戸。庶民を相手にした小さな料理屋の話ですから、特に豪華なものが出るわけではありませんし、栄養学的にどうこうというわけでもありません。それでも、旬の食材を活かし、おいしく食べてもらうためにひたすら工夫を重ねて作られる料理の数々は、想像するだけで涎が出てきそう。それを食べることで人々の身体や心が癒されていくさまがいきいきと描写されていて、まさに「食は命の糧」であり、私たちの心身を育むものだと気づかされます。

そこにあるものを、おいしく食べる

森に住み、いつも身近で野生の鹿を見ている人から聞いた話です。鹿たちは、もちろん草食性。とはいえ、草なら何でもいいというわけではないらしく、草がたくさんある季節には、好みの草だけを選んで食べるといいます。鹿たちが好みの草を食べた跡は、そこだけがきれいに刈り揃えられたようで、まるで植木屋さんの仕事に見えるのだとか。そんなグルメな鹿たちも、地面が雪でおおわれる冬になると、木々の樹皮をかじって命をつなぎます。それも難しいときは、草食性と思われている鹿がネズミのような小動物を食べることもあるとか。いま生きている場所にあるものをそのまま受け容れて食べるという、いたってシンプルな食べ方です。地球上の多くの動物たちはそんなふうにして生きていますし、私たち人間だってもともとはそんな食生活を送ってきました。でも、現代社会に生きる私たちは、自由に移動することができるし、食べものを自由に選ぶこともできる。それだけに、何をおいしいとするかは複雑ですし、グルメ探求に走り出したらエンドレスにもなりそうです。

アイヌの長老の教え

アイヌの語り部として知られる秋辺得平さんの書かれた『アイヌの長老の教え─第4回 食物をいただく』には、興味深い話がいろいろ出てきます。
たとえばアイヌにとって大事な食物である山菜を採るとき、おいしい時期にある若い芽はめったに食べないのだとか。もちろん、生きていくためにはそれらを収穫して食糧としなければならないのですが、アイヌの人たちは「花が散って、種が落ちてから」収穫することを伝承してきました。なぜなら、「花は次の命を作るために咲いている」から。「花が咲いているとき、あるいはつぼみのときにその植物の茎を切ってしまったら、花は次に命を繋げなくなってしまう」というのです。だから、食べるのは「花が散って、種が落ちてから」。「それでは美味しい時期を外してしまいます」と言うと、「花が散ってからでも、けっして不味くない」と長老。他の動物たちには真似のできない、人間ならではの理性的な食べ方といえそうです。

自然とつながれば、ずっとおいしい

「子孫を残し終えたものを、我々の食物として収穫する」。アイヌの人たちのこうした考えは徹底していて、鮭も「ホッチャレ」と呼ばれる産卵後のよれよれになったものを拾ってきて、背開きにして乾燥させるそうです。それは、5年も10年ももつ保存食。そして、「命を繋いだ後の魚体をいただくのですから、鮭の命を遮らないし種の保存を邪魔しません」。
しかも産卵後のホッチャレの鮭を川に入って拾うときには、最初に「オンカミ(礼拝)」して、次に「1本目は狐さんの分。2本目は鳥さんの分」と感謝し、最後に「はい、自分たちの分」と持ち帰ってくるのだとか。生きものたちに感謝し、その命の循環を考えながら、必要な量だけをいただく。そうした行動は、自分たちが自然とつながっているという実感から生まれてくるのかもしれません。

おいしいものを食べることは人生の大きな喜びのひとつです。私たち現代人は、お金さえ払えば世界中の美味珍味を手に入れることもできます。そうしたおいしさを楽しむ一方で、アイヌの長老が教えてくれるような自然の摂理に従った食べ方があることも忘れずにいたいもの。「おいしい」こと以上に大切なのは、「おいしく食べる」ことなのかもしれません。そしておいしく食べるためには、おいしさを成り立たせているさまざまな「つながり」を意識する必要もありそうです。
みなさんは、どんなものを誰と、どんな状況で食べたとき、「おいしい」と感じられますか?

※参考資料:アイヌ長老の教え 第4回 食物をいただく|MAG from 88+Lj

2018年2月21日発行予定の小冊子「くらし中心 no.19─おいしく食べる─」では、自然や社会とのつながりも含めて、さまざまな角度から「食べる」ことの意味を考えてみます。2月21日(水)から全国の無印良品の店頭で無料配布すると同時に、「くらしの良品研究所」のサイト小冊子「くらし中心」からもダウンロードできますので、ぜひご覧ください。

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食品

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