研究テーマ

農業で幸せに!

西会津に住む渡部佳菜子(わたなべ かなこ)さんは、小学生の頃から農家に憧れていました。地元の高校を出たのちに農業の専門学校へ進み、卒業したのが2011年3月9日。「さぁ、これから農業を始めるぞ」と思った矢先に、東日本大震災に見舞われます。でも、彼女は負けませんでした。さまざまな風評と戦いながら、持ち前の明るさで、前向きに福島野菜の復興をめざしたのです。今回は「農業でみんなを幸せにしたい」という一人の女性の願いに焦点を当てました。

両親への憧れ

渡部さんは福島県の西会津にある農家に生まれました。小学生の頃から農業にいそしむ両親の姿を見て「カッコイイ!」と思ったそうです。農業は自然相手の仕事。うまく行かなくて当然。毎年のように変わる自然環境に合わせて工夫をし、挑戦していく両親の姿を、憧れをもって眺めていました。そうして「いつかは農家に」との想いを強くしていったのです。
しかし、小学校の頃は、人前で「農家になりたい」とは言えなかったとか。年齢が上がるにつれ、「きつい、汚い、カッコ悪い、儲からない…」という周囲の人の農家を見る目に気づいていったからです。それでも彼女は夢を諦めずに、農業の専門学校に進みます。そこで彼女を待っていたのは、ともに農業を志す仲間でした。初めて彼女は堂々と「農家になりたい!」という想いを打ち明けることができたのです。そして、2011年3月9日、渡部さんはめでたく専門学校を卒業しました。

東日本大震災の発生

3月11日は卒業式の翌々日でした。渡部さんは実家に戻り、さっそく父親といっしょに農作業を始めました。ハウスでブロッコリの種まきをしていたときです。突然地面が激しく揺れました。かつて経験したことのない強い揺れ方です。午後2時46分。東日本大震災が発生したのです。渡部さんは家に戻り、テレビを見て愕然とします。沿岸の町々を津波が押し流していく映像が映し出されていたからです。呆然としたまま時が過ぎていきました。
幸いにも震源から遠いこともあり、ハウスに大きな被害はありませんでした。ところが翌12日、予期せぬ出来事が起こったのです。福島にある原子力発電所が爆発したのです。「そのときは何が起きたのかよく分かりませんでした。情報が錯綜し、何を信じていいか分からないまま、訳が分からずに時が過ぎていった」と、当時のことを振り返りました。

風評被害との戦い

しかし、大変なのはそれからでした。震災による直接の被害はなかったのですが、福島の農産物というだけで敬遠される日々が始まったのです。たとえば、東北の復興PRなどで街に出向いていくと、「なんで福島が来ているの」「福島のものなんか食べたくないよね」と、目の前で言われることも。ブースで販売していても、福島と分かったとたんに人がスッと離れていく、そんな辛い目にあってきました。でも、渡部さんはそう言う人の気持ちも分かるといいます。「逆の立場だったら、私だって同じように考えたかもしれない」と。悪いのはお客様ではなく、安心して農産物が食べられなくなったという事実。買いに来てくださった人もまた被害者なのです。
震災から7年が経ち、ようやく風評被害も収まってきました。いや、まだ一部にはあるのかもしれません。でも、「福島野菜はおいしいね」と言ってくださるたくさんのお客様に支えられ、今はそのような声も気にならなくなったといいます。

農の未来を拓く

現在、渡部さんは「めごい菜農園※」という自分の農園を持ち、両親とは別のハウスで20種類ほどの野菜を育てています。メインはホワイトコーンで、生でも食べられるおいしさだとか。他にもミニトマトなど、主に夏野菜を中心に育てています。渡部さんには夢があります。それは農業を「小学生のなりたい職業の一位」にすること。「『食』って身も心も育てるもので、とても大事であるにもかかわらず、重要視されていないと思うんですよね。私も小学校のときには、農家になりたいと言えなかった。農業者が堂々と自分の仕事を誇れるような社会にしていきたい」と目標を語りました。
彼女がめざすのは、CSA(Community Supported Agriculture)という農業の新しい仕組み。生産者と消費者を直接結ぶコミュニティを作り、野菜の定期便を届けたり、ネット販売をしたり、収穫や料理などの「体験プログラム」を通してお客様との相互理解を深め、よりよいグループとして共に成長していくことをめざします。そして、農業を身近に感じ、楽しんでもらったお客様に、今度は発信者となって"農の楽しさ"を広げていってほしいと願っています。この仕組みを創るためにクラウドファンディングを成功させた渡部さん。今は自分の農園を中心に活動していますが、やがては他の生産者さんにも声をかけ、みんなに恩恵のある形を創っていきたいと考えています。

「食べることは、生きること」と語る渡部さん。その目線の先にあるのは、おいしい野菜を買ってくれたお客様が「ハッピー」になり、おいしい野菜を作る生産者さんたちも「ハッピー」になれる明るい社会。みんなが幸せになれる日を夢見て、彼女は今日も農業の未来と真剣に向き合っています。

[関連サイト]※「めごい菜農園」ホームページ

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食品

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