研究テーマ

東北を思いつづける場

「きっかけ食堂@東京」のメンバー:左から丸山姫奈さん・原田奈実さん・入江さくらさん・弘田光聖さん

「時薬(ときぐすり)、日にち薬」という言葉があります。時が経つにつれて、少しずつ病や心の傷が癒えていくことをあらわしたもの。つらい今を生きる人にとって、時間の経過が希望につながることはたしかにあるでしょう。その一方、時の流れに逆らって記憶に刻みつづけることで、希望が見えてくることもありそうです。東日本大震災などは、まさにその例。今なお5万2,731人もの人が避難生活をしている(*)のに、8年という歳月が災害の記憶を風化させつつあるからです。3月11日が近づいた今回は、東北を思いつづけることによって希望につなげようとする活動をご紹介しましょう。

*復興庁まとめ(平成31年1月10日現在)

バトンはつながれて

その活動とは、3年前に当コラムでもご紹介したことのある「きっかけ食堂」。月に一度、東日本大震災の月命日である11日に京都で開店する小さな食堂です。東北の食材を使った料理やお酒を提供し、その味を通して東北や震災について考えるきっかけをつくりたい。そんな思いから、2014年5月、立命館大学の学生、原田奈実さん、右近華子さん、橋本崚さんの三人で立ち上げました。コラムでご紹介した当時は、三人とも大学3年生。その後の卒業や就職で活動が自然消滅したとしても不思議はありません。でも、彼らの思いは、その活動を見ていた後輩の学生たちが、しっかりと受け止めてくれました。毎月11日、京都では若い学生たちに引き継がれたきっかけ食堂が、「東北を思う場」として店のあかりを灯しつづけています。

東京で、きっかけ食堂

卒業して京都を巣立った三人は、就職のため散り散りに。社会人1年生の間は、自分の仕事を覚えるのに精いっぱいでしたが、そのうち「やっぱり、きっかけ食堂をやりたい」という思いがふつふつと湧いてきたそうです。そして、社会人になって2年目の2018年4月。東京に就職した原田さんと右近さんは、東京できっかけ食堂を立ち上げます。発足メンバーに加わったのは、京都時代にお客として訪れていた弘田光聖さん。その後、他のメンバーも加わって、今では総勢8人になりました。開店場所は、地域の魅力を紹介する渋谷の日本酒バーMYSH Sake Bar。この活動に共感した代表が「ウチを使っていいよ」と声をかけてくれたといいます。
主催者が社会人になったせいか、東京のお客さんは京都より少し年齢層が高く、多くは社会人。東北に関わりがある人はもちろん、「おいしいごはんを食べに」来る人も多いそうです。「東北に関心を持ってもらうきっかけになれば、それでいい」と原田さんが言うのは、きっと、東北のおいしいものが人と土地、人と人をつないでいくことを知っているからでしょう。

そして名古屋、仙台にも

東京に続いて、2018年11月からは名古屋でも定期的にきっかけ食堂を開くようになりました。そのきっかけは、8月にトライアルとして原田さんが名古屋まで出かけて開催してみたこと。そのときお手伝いしてくれた大学生の一人とお客さんの一人が中心になって、「きっかけ食堂@名古屋」が始まったといいます。オープン初日にお客として来店し、その場でメンバーに加わった人も。きっかけ食堂には、人を惹きつける何かがあるようです。
そしていよいよ今年の3月11日からは、被災地・仙台でも「きっかけ食堂」がオープン。京都で播かれた「東北を思うきっかけ」の種は、各地で芽吹き、たくましく成長し始めています。

つながる、広がる

時には、生産者も交えて賑やかに。前列右は石巻の漁師、菅野善太郎さん。

1月の「きっかけ食堂@東京」は、東京農業大学主催のイベント(*)の懇親会と合同で開催されました。両者をつないだのは、東京千代田区で「3×3Lab Future」を運営するエコッツェリア協会専務理事の村上孝憲(たかのり)さん。「東北の復興を考える同じ思いを持つ人たちが集えば、きっと面白い化学反応が起きるだろう」と考えての企画です。
その日のきっかけ食堂は、ビュッフェ形式で福島のごはんを提供。浪江町の米と水で仕込んだお酒、浪江町のお米を使ったおにぎり、郷土料理のイカ人参や紅葉汁などなど。食材の背景をていねいに紹介しながら、東北と東京をつないでいました。
参加者は、東京農大の学生や先生に限らず、復興ボランティアをしている人、地域の活性化を手がける人、就農率を上げる活動に取り組む人、浪江町の米作りと販売促進を目的に活動している女子大生などなど、多彩な顔ぶれ。おいしい料理に舌鼓を打ちながらそこここで会話が弾むさまは、まさに化学反応を見るようでした。

*「福島県浪江町における農業"新興"に向けた取り組み─担い手育成に向けて─」

「身の丈でできることをしよう」と学生三人で始めた小さな食堂は、彼らが学生から社会人へと成長していくにつれて、活動の幅も大きくなっているようです。そして、継続することで生まれる大きな力と広がり。人は忘れるものだからこそ、大切なことを忘れないためには、それを思い起こす努力が必要なのかもしれません。3月11日、みなさんはどんなことを思い起こされますか?

研究テーマ
食品

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