「ある」と「ない」をつなげる ─おてらおやつクラブ─
「おやつ」というと、どんなことを思い浮かべますか?「ダイエットの敵」などというのは飽食の時代の大人のせりふで、子どものころを思い出せば、ただ嬉しい、楽しい時間だったような。そんな「おやつの時間」を子どもたちにあげたいと、始まった活動があります。各地のお寺にお供えされた「おやつ」を仏さまからの「おさがり」として頂戴し、全国のひとり親家庭に「おすそわけ」する、「おてらおやつクラブ」。今回は、お寺の「ある」と社会の「ない」をつなげることで、社会の課題を解決していこうとする取り組みをご紹介しましょう。
日本にも飢餓がある
そのきっかけになったのは2013年、大阪で母親と幼い子どもが餓死状態で発見された事件でした。食べものもなく電気もガスも止められたその部屋には、「最後におなかいっぱい食べさせられなくて、ごめんね」という母親のメモが。奈良県の法性山専求院・安養寺の若き住職、松島靖朗さんは、このニュースに触れて「現代の日本にも飢餓がある」ことに強い衝撃を受けました。
一方、全国のお寺には檀家や信徒の人たちがお参りするたび、食べきれないほどのお菓子や果物がお供えされます。松島さんのお寺でも果物などはジャムにして保存するなどの工夫をしていますが、それでも食べきれず、ご縁のある人にお裾分けしていたとか。お供えものがあるお寺とひとり親の貧困家庭をつなげたら何とかなるのではないか─そう思いついたところから、この活動は始まりました。
なぜ、おやつ?
日本国内では、子どもの7人に一人、ひとり親家庭に限ると2人に一人が貧困状態にある(※)といわれます。そうした環境下では日々の食事のことで精いっぱいで、おやつにまでは手が回らないのが現実でしょう。おやつなんて贅沢品、と切り捨ててしまうことは簡単ですが、育ち盛りの子どもにはエネルギーや栄養を補給する第四の食事として必要ですし、またおやつが子どもの心と体をリフレッシュすると言う専門家もいます。「食べものがどういう状況で食べられるかが大事」だと思っている松島さんは、だから、「おてらおやつクラブ」という名前に「おやつを食べる時間をあげたい」という思いを込めました。
※ 平成28年 国民生活基礎調査(厚生労働省)
支援団体を支援
最初のうち、松島さんはひとり親の貧困家庭を探そうとしましたが、なかなか見つかりません。現代の貧困は、そのくらい見えにくくなっているのです。
同じころ、大阪の事件をきっかけに、いろいろなところで貧困家庭を支援する団体が生まれていました。そこで、松島さんは支援団体を見つけ、その支援団体を後方から支援するという形をとりました。お寺のお供えのおさがりを箱詰めして支援団体へ送り、その支援団体から各家庭へ届けてもらうことにしたのです。聞けば、ひとり親の貧困家庭では家に荷物が届くことは滅多になくて、宅配便の人が訪れると、「あれが来た!」と子どもが飛び出して来るとか。「おてらおやつが月に一度届くことで、社会とのつながりを感じられるきっかけになれば」と松島さんは言います。
松島さんがひとりでこの活動を始めたのが2014年の1月。今では、宗派を超えて全国1,118(※)のお寺が参加するまでに広がり、連携する支援団体は414 に。全国のお寺から届くお裾分けを楽しみにしている子どもたちは、毎月1万人ほどになりました。
※ 2019年3月20日現在
「思い」を集めて
参加しているお寺のすべてに共通しているのは、目の前にある身近な課題を解決したいという思い。それを下支えするのが、「人々の苦しみを取り除いて救うというお釈迦さまの教え、"慈悲"の実践」です。
"慈悲"は"利他"という言葉にも置き換えられますが、利他の心を持つのは仏教者だけではありません。お寺がこういう活動をしていると知ると、「何かできることはないか?」と声をかけてくれる人。「おてらおやつ」になることを見越して、お米やカップ麺、調味料、日用品などをお供えしてくれる檀家の人。また「ふるさと納税の返礼品を使ってほしい」と、返礼品のお届け先を「おてらおやつ」に指定してくれる人もあるといいます。
「そんな"思い"のある人たちとのご縁をいただき、一緒にやっていく活動。全国にお寺があり、檀家の人々や利他の心を持つ多くの人々がいて広がっていった」のが「おてらおやつクラブ」なのです。
そうだ、お寺がある
各お寺のお供えのおさがりは、箱詰めされ、支援団体を経由して各家庭へ届けられます。その箱の中には、お寺から手書きのメッセージを書いて入れるのがお約束。お供えものに多くの人の思いが込められていることやお寺としての思いを手書きすることで、お寺側も自分自身の信仰を深めるきっかけになるといいます。「ひとり親の貧困問題の解決を目的に始めた活動ですが、寺側からすれば、自分たちがちゃんとしたお坊さんとして生きようとする活動でもあり、身近なところにお寺があることを知ってもらう活動でもあります」と松島さん。おやつを受け取った人の多くが「自分たちのことを見守ってくれている人がいる」と感じているのも、こうした思いが伝わっているからなのでしょう。「駆け込み寺」という言葉があるように、お寺は困ったときの最後の砦でもあったのです。
「自分自身、お寺で育ち、おさがりで育ててもらったから、子どもたちにも同じ体験をしてほしい。"苦しむ人を救いたい"という仏さまの思いを、私のところで遮らないようにしたい」と語る松島さん。この取り組みが2018年のグッドデザイン大賞に選ばれた際、「志の美しさ」が選考基準のひとつになったというのも、うなずけますね。