研究テーマ

定食屋さん

世界の見え方が一変しています。パリのシャンゼリゼ大通り、ミラノのドゥオーモ聖堂前の広場、ニューヨークのタイムズスクエア周辺などに人っ子一人いない。こんな風景を見るようになるとは誰が予想したでしょうか。人が街をつくり、街が人の集まるところとなってきた、そんなあたりまえのことにストップがかかるような新型コロナウイルスに誰もが驚いています。くらしと、その先に目を向けてきたこのコラムですが、現在の私たちの置かれた状況から汲みとれることを見つめていきたいと思います。

街のお店屋さん

ビジネスや商業活動、公共の機関や施設などが形成している、いわゆる都心部に昼間の人口が集中し、朝夕の通勤通学の人の流れにも決まった時間のパターンがある。そんな普通の都市生活に大きな変化が突然起きたのですから、誰だって戸惑います。このコラムは公開3日前に書いていますが、この時点では政府の「緊急事態宣言」は検討中で、ニュースによる生活のさらなる激変が現実のものになりつつあります。
出勤しない、できない、現実の中で生活はウチ中心となる。そしてウチから近くのソトへ、食料品や日常の小物などをもとめて歩き出すのが今の私たちです。そこで気づくのは、忙しくてふだん覗いてみることもしなかった小さなお店の棚に意外な品揃えがあったり、丁寧に作られたお菓子や季節の食べものがならんでいる。そのようなことが今はうれしい発見のようにも思われます。「じじばば」ストアなどと呼んで、いかにも時代遅れの存在のように見下してきたようなお店で、忘れていた懐かしい味に出会ったりもします。デジタルな情報ツールで見つけた遠隔の有名店に行列するよりも、近くの和菓子屋さんのあんこの味覚に感心することもあるでしょう。

「定食」は日本の食の定番

都心のビッグビジネスが集中するあたり、飲食街の11時半頃からのランチアワーの賑いも今はひっそり。コロナ旋風はこんな様相だったと笑顔で話せる日が早く来ることを願いますが、その日本のランチアワーで絶対的に強いのは各店のいわゆる昼定食ではないでしょうか。夕刻には居酒屋となる店、高級洋食系レストランでも、一様に昼の定食メニューを用意して少しでも安く、早くという腕の競い合いが見られます。コストと味の両面を抑えなければならないこの定食ですが、元はといえば日本人の食習慣に深く根ざしているようです。それは「一汁三菜」の習いとも言えるもので、ご飯・汁・おかず(菜)の組み合わせをさします。時代が変わり、朝はパンとコーヒーを手にしてオフィスに入る人も、昼にはしっかりご飯ものということが多いと聞くと、一汁三菜は日本の家庭の定番が日本人全体のDNAに染みついたようにも思えます。
汁は味噌汁が多く、具沢山だったり、淡白な白味噌系もあり、まずそれで喉を潤して主菜に手を出す。または小鉢の旬のお野菜の濃い緑に惹かれてさっとお箸が向かう。主菜は何かと結構悩んだ末の、お魚、お肉のメニューなどその日の一品。
ニュートラルな味のチャンピオン、ご飯が一層の食欲をそそります。
「今日はショウガ焼きで精をつけるか。それともサバ味噌にするか。でも、ホッケも捨てがたい。小鉢は、ゴマ和えもいいし贅沢に明太子もいいな。」
これは『定食学入門』という本(今柊二著、ちくま新書、2010年)の扉に書かれた言葉です。主菜のタンパク質にこだわったり、小鉢のバラエティに目をやったり、ほほえましい昼の葛藤の瞬間が描かれています。かつて漫画家の園山俊二さんがサラリーマンの生活を哀愁をこめて描き、特に食べものにこだわる市民の心情を率直に表現していたことも思い出されます。

2020年春のこの困難な時期に、家庭料理も外食も予算と相談しながらの毎食です。お住いの街、近所のお店にもう一度目を向けてみると意外な発見もあるかもしれません。テイクアウトをふやしたり、新しく始めたお店もあるようです。
長期にわたると思われるこの見えざる敵へのたたかいには、文字通り「生活の知恵」を生かして助けあっていきたいものです。
みなさんのご意見をお寄せください。

※参考図書:「定食学入門/今柊二著著」(ちくま新書)

○くらしの研究所
コラム「和の食、和食。」
コラム「シンプルな食事」

※参考サイト:山中伸弥による新型コロナウイルス情報発信

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