研究テーマ

ファイトケミカル

新型コロナウィルスの影響で、私たちの日常は一変してしまいました。「ステイホーム」を受けての在宅ワークや子どもたちの休校、それに伴う三度三度の食事の心配。「感染しても重症化しないためにはバランスのよい食事を」と言われますが、毎日の調理がストレスの原因になってしまうのも困ります。そんなとき、栄養バランスにすぐれ、簡単に作れるスープがあれば、それだけで安心できそう。今回は、野菜のパワーとそれを手軽に摂り入れるための方法をご紹介しましょう。

植物の自己防衛

「ファイトケミカル」という言葉をご存じでしょうか? なんだか栄養ドリンクのような響きですが、このファイトは英語の「fight(闘う)」ではなく、ギリシャ語の「phyto(植物)」。化学物質を意味する英語の「chemical(ケミカル)」と合わさって、「植物に含まれる機能性成分」のことを指すようです。
この機能成分は、植物が外敵から自らを守るために細胞の中につくり出したもの。強い日差しを避けるために移動したり虫などの外敵が寄ってくれば払いのけたりすることのできる動物とちがい、植物たちは一度根づいたら生涯動くことはできません。そんな植物たちが、危険からわが身を守るためにどうするか? その答えが、からだの中にファイトケミカルをつくることだったのです。

野菜のチカラで乗り切る

ファイトケミカルは植物性食品の色素や香りの成分、アクなどから発見された天然の化学物質です。一時話題になった赤ワインのポリフェノールやトマトのリコピンをはじめ、大豆に含まれるイソフラボン、緑茶に含まれるカテキン、キャベツやネギに含まれるイオウ化合物などもみんなファイトケミカルの一種。現在発見されているのは数千種ですが、存在の可能性は1万種類に達するだろうと言われています。
そして、植物の持つファイトケミカルが人間の健康にも重要な役割を果たすことが、最近の研究でわかってきました。免疫力を高めるだけでなく、抗酸化作用やデトックス作用、がんを予防する作用、動脈硬化を予防する作用などなど、病気から体を守り健康にしてくれる機能を持っているというのです。

スープで、ファイトケミカル

残念ながらファイトケミカルの遺伝子を持っていない人間は、植物のように自分でファイトケミカルをつくり出すことはできません。つまり、野菜や果物を食べることで体内に摂り込むしかないのです。ところが、ファイトケミカルは固い繊維素(細胞壁)に囲まれた植物細胞の中に入っているため、この細胞を壊さないと体に吸収することは難しいのだとか。そこで医学博士の高橋弘さんが考案したのが、「いのちの野菜スープ」。加熱してスープ仕立てにすることで、ファイトケミカルを簡単に摂り込めるようにしたのです。
作り方は、いたって簡単。キャベツ、ニンジン、タマネギ、カボチャを食べやすい大きさに切って鍋に入れ、ひたひたの水を加えて弱火で20分煮込むだけ。野菜のやさしい旨みとファイトケミカルがたっぷり抽出されたこのスープを、高橋さんが自分の医院の患者さんに一日3回、2週間飲んでもらったところ、患者さん全員に大切な免疫力である白血球の増加が見られたといいます。

出汁で、ファイトケミカル

同じようにファイトケミカルをたっぷり含むのが、野菜でとる出汁、「ベジブロス」。「ベジタブル(野菜)」と「ブロス(だし)」を組み合わせた造語です。野菜といっても、使うのは皮や種、ヘタなど、ふだんは野菜くずとして捨てられる部分。「いのちの野菜スープ」とほぼ同じ要領で作りますが、最後に野菜を漉して使います。
ブームの火つけ役は、料理家で野菜をまるごと食べる「ホールフード」を提唱しているタカコ・ナカムラさん。そもそもは「生産者が丹精込めて作った野菜を余すことなく使いたい」という思いからスタートしたのですが、2012年、順天堂大学大学院教授の白澤卓二さんに「ベジブロスはファイトケミカルを効率よく摂取できるすぐれた調理方法」と指摘され、血液中の抗酸化値を測定する検査をしてもらったところ、飲んだ後は抗酸化力が明らかに向上する結果が出て驚いたといいます。

大事なところを捨てていた

皮やヘタ、根っこ、種など、私たちがふだん料理をするときに捨ててしまう部分には、実は野菜の栄養が凝縮されています。表皮は、紫外線や害虫、細菌から身を守る役割を担っているため、ファイトケミカルがたっぷり。これから伸びる根っこや葉を伸ばすためのヘタなどは、生長の要にあたる部分で生きる力が凝縮しています。命の源である種やそれを守るワタは、植物にとって子孫を残すための大切な部分で、ファイトケミカルのほかにビタミンやミネラル、その他の栄養素もたくさん。ベジブロスはこうした部分を集めて煮出すわけですから、ファイトケミカルの量が多くなるのも当然でしょう。

植物が自分の実を守るためにつくってきたというファイトケミカルの視点で野菜を見ると、野菜を買うときの選び方も変わってくるでしょう。ハウスの中で大切に育てられたものより見栄えは悪くても太陽をたっぷり浴びて育った露地もの、遠くのものより地元産のもの、季節外れのものより旬のもの…野菜の元気がどんなところに宿っているかを意識すると、「自然」であることの大切さを再認識できるかもしれません。

■参考図書:
『免疫力アップ!いのちの野菜スープ』高橋弘(医学博士・麻布医院院長)/世界文化社
『皮も根っこもまるごといただく奇跡の野菜だしベジブロス』タカコ ナカムラ/パンローリング株式会社

研究テーマ
食品

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