昆虫食
和食の代表的メニューとして、今では世界的に認知されているスシ(鮨)やサシミ(刺身)。でも、こうした料理が、「魚を生で食べるなんて…」というマイナスのイメージで語られていた時代もあったといいますから、食の評価や好みは、時代や習慣、環境などに大きく左右されるんですね。たとえば、コオロギ。日本では食べものと見なすよりはその鳴き声を楽しむ存在ですが、世界的には人類の食糧危機を救うための未来食として注目を集めているとか。今回は、そんな「食材」の視点から、昆虫をご紹介しましょう。
肉の代用食
地球の人口が2050年には100億人に迫るといわれる中、今後の食糧や水資源の確保と環境問題は避けて通れない課題です。その対策のひとつとして、2013年、国連食糧農業機関(FAO)は貴重なタンパク源として「昆虫食」を推奨する報告書を発表しました。これまで主なタンパク源となってきた牛や豚、鶏といった家畜に比べて、栄養素を効率よく摂取でき、飼育時の環境負荷も少ないというのが、その理由。つまり、代用肉として昆虫を勧めているのです。
代用食というと戦争や飢饉のときの救荒食というイメージが強いかもしれませんが、今ではすっかりポピュラーになった豆腐ハンバーグもそのひとつ。名前の通り豆腐で作ったハンバーグですが、そもそもは肉の代わりに大豆を使った、いわば「代用食」です。とはいえ、同じように「肉の代わりに昆虫を」と言われたら、腰が引ける人の方が多いでしょう。
食わず嫌い?
「如何物食い(いかものぐい)、悪食(あくじき)」とは、普通の人が食べないものを好んで食べることですが、いまの日本で「好物は昆虫」というと、そんな目で見られることの方が多いかもしれません。でも、歴史をひもとけば、江戸時代に編纂された『本朝食鑑』(食用・薬用になる動植物のことを記した書物)には、「イナゴは農家の子どもが炙(あぶ)って喜んで食べる」という記載も。大正時代までは昆虫がふつうに食べられていた地域もあり、長野県の「イナゴの佃煮や甘露煮」「ハチノコ」などは今でも愛好家の多い郷土食。世界では1900種類以上の昆虫類が食用にされているといいます。要は好き嫌いというより、食べ慣れていないだけで、「食わず嫌い」なのかもしれません。私たちがナマコやホヤ、タコなど、一見グロテスクな外観の食べものもふつうに食べられるのは、最初に「勇気あるだれか」が口にして、そのおいしさを広めてくれたからでしょう。
なぜ、コオロギ?
昆虫の中でも特に注目されているのがコオロギ。というのも、成虫になるまで約35日と生育期間が短く、雑食なのでエサの選択肢が広く、残った食品を食べてくれるなど、食糧廃棄の問題にも貢献する可能性があるからです。
栄養価でいえば、100gあたりのタンパク質含有量は牛のもも肉21g、豚のもも肉22g、鶏のむね肉23g(*1)に対して、コオロギ(粉末状)は約60g(*1)。また飼育面では、鶏より豚、豚より牛と、体が大きくなるほど、より多くの飼料や水が必要になります。FAOの報告書(2013年)によれば、たとえば1㎏のタンパク質を生産するために必要な飼料(*2)は、牛10㎏、豚5㎏、鶏2.5㎏に対してコオロギなら1.7㎏。節水効果も大きく、体重を1㎏増やすために必要な水は、コオロギなら4ℓで済むところを、鶏は2300ℓ、豚は3500ℓ、牛にいたっては2万2000ℓも必要だとか。さらに、タンパク質1㎏あたりの温室効果ガス排出量は、牛2,800g、豚1,100g、鶏300gに対して、コオロギはわずか100g。数字だけ比べてみると、圧倒的にコオロギに軍配が挙がりそうです。
*1:文部科学省 食品成分データベースより算出
*2:日本食品分析センターにて分析
コオロギの養殖
昆虫食といっても、もちろん、自然採集した昆虫を生のままで食べるわけではありません。FAOの発表以降、先進諸国の欧米でも昆虫を使ったさまざまな製品が開発・販売されていますが、こうした昆虫食の原材料となるのは「養殖」された昆虫。工業的に大量飼育することで、生態系を乱すことなく、安定した品質と価格で提供し、食糧問題や環境問題に応えようとするものです。
とはいえ、「昆虫食」と聞くと抵抗感がある人もまだまだ多いことでしょう。そんな苦手意識をぬぐうため、最近の昆虫食は昆虫の形がそのままの姿かたちで製品になっているのではなく、粉末状になって生地などに練り込んであるのが特徴。日本でも、徳島大学などの研究機関がコオロギの飼育をし、粉末にしたそれを使って製品化も始まっています。たとえば「こおろぎせんべい」などは、えびせんべいに似た風味で、抵抗感なく食べられるとか。実際に食べた人に聞くと、「意外とおいしい」「抵抗感はなくなった」という声も多いようです。もっとも、昆虫は分類上もカニやエビなどの甲殻類に近いので、あたりまえといえばあたりまえですが。
他の生き物の「いのち」をいただくことでしか生きていけない私たち人間。そうであれば、これから先は地球環境にまで目を向け、食材として何をどう選んでいくかが問われてくるのでしょう。「おいしいか、そうでないか」という基準だけで食材を選べる時代は、そろそろ終わりに近づきつつあるのかもしれません。
[関連サイト]ネットストア > オロギが地球を救う?|コオロギせんべい