研究テーマ

「野食」って?

「やしょく」と聞いて、普通に連想するのは「夜食(夜おそくとる軽い食事)」ですが、今回ご紹介するのは「野食」。『広辞苑』などには載っていませんが、「野外の食材をとって食べること」を指す言葉です。と書くとなんだか特別なことのように聞こえますが、春の山菜採りや夏の潮干狩り、秋のキノコ狩り、川や海での釣り、そして近年人気のジビエなどもそのひとつ。陽気もよくなってきたことですし、今回はちょっと外に目を向けて、身近な自然の中にある食材を探してみましょう。

食在自然

そもそも人類は長い間、狩猟採集で命をつないできました。チンパンジーと別の道を歩み始めてから600万年という歴史の中で、農耕牧畜が始まったのは1万年前。それまでの何百万年もの間、人類は獲物を獲り食べられる植物を採ることで生きてきたのです。
そんな遠い話でなくても、地方で子ども時代を過ごした方なら、外遊びをする中で山菜を摘んだり、野イチゴや桑の実をつまんだり、川で魚を釣ったりした経験はあるでしょう。野ウサギを追いかけた経験のある人は少ないかもしれませんが、文部省唱歌『ふるさと』にある「うさぎ追いしかの山、小鮒(こぶな)釣りしかの川」は本当にあった話。そしてそれは、遊びでありながら食材をとることに結びついた行為でもありました。とはいえ、狩猟は少しハードルが高そうなので、ここでは野の植物に的を絞って話を進めましょう。

都会の真ん中でも、野食はできる

「周りに自然がないから野食なんて無理」という方も多いでしょう。でも、よく目を凝らして見れば、町中でもタンポポやヨモギ、スギナ、ハコベ、ドクダミなど、10種類ぐらいの草はすぐに見つけられそう。
「食材を採るという行為は、なにも遠く離れた漁村や山里、あるいは家庭農園ばかりでのみ行われるものではない。日々暮らすベッドタウンでも、いや都心のど真ん中ですら、知識があれば難しいことではない」と野食の達人は言います。たとえばコンクリートだらけだと思われている東京の街の中にも小さな自然があり、街路樹の植え込みの下にも独自の生態系が形成され、簡単に利用できるおいしい野生食材が多数隠れていて、「いつでもあなたのビタミン源になる」と。自然の食材は身近なところにあり、私たちがそれに気づいていないだけなのかもしれません。

元をただせば、野菜も野草

ある本によれば、「毎日食べても飽きずにおいしい雑草」のベスト10は、タンポポ、スギナ、ヨモギ、ツメクサ(クローバー)、アカザ、ハコベ、ツユクサ、コンフリー、オオバコ、アザミ。
ヨモギは草餅でおなじみですが、その他の草を食材と思っている人は、そう多くはないでしょう。でもハコベは七種粥に入れる春の七草のひとつですし、タンポポは「フランスの春はタンポポ摘みから」と言われるぐらい西洋では春の食卓を飾るポピュラーな野草。アカザは江戸時代には野菜として畑に栽培され、コンフリーも明治時代にヨーロッパから輸入され食用や薬用として以前はあちこちで栽培されていたとか。アザミは鋭いトゲがあって食べられそうにない気もしますが、昔から食用にされ、欧米ではサラダ用に売られているといいます。

食の知識を備蓄する

山野草研究家でNPO法人「日本つみくさ研究会」理事長でもある篠原準八さんによれば、本来「雑草」なんてなくて、毒があるもの以外はすべての草が食べられるとか。ただし、食べ頃があって、「出はじめのやわらかい時期はおいしいけれど、花をつけると固くなってしまう。だから、春の草は手で折るのがいい。すっと折れれば、やわらかい証拠」と教えています。さらに、春の草は冬の間に人の体内にたまった毒素をデトックスし、夏の草には疲労回復などの効果があるとも。自然の草を摂り入れることで、人の体も自然の大きなサイクルに順応できるのでしょう。根を下ろした場所でありのままに生きる野の草を食べることで、私たちも生きものとしての自然な感性を取り戻せるかもしれません。

採取するときの心得

野の草や山菜を摘むときの注意事項を調べたら、いろいろ書かれていました。
○除草剤が撒かれていない場所であることを確認する○むやみに採り過ぎず、食べるために摘んだ草は残さず食べるよう心がける○食べられるかどうかわからない草は、摘まない○草は摘まれたところから次々と新芽を出すので、柔らかい葉先だけを摘む○馴れないうちは、知識のある人に訊ねたり、図鑑を持ち歩くと安心○タラノキの芽などを摘むときは、翌年以降の芽が減ってしまわないよう、枝先に芽吹いている「頂芽(ちょうが)」と呼ばれる部分だけを摘む、などなど。「"いただきます"とご挨拶してから摘む」と言う人もありました。

もちろん、今すぐ狩猟採集生活に戻りましょう、という話ではありません。ただ、自然の中に食べられるものがあると知っていれば、大きな災害時などには緊急的な食糧としても活用できそうです。そして何より大きいのは、季節の細やかな移ろいに気づかせてくれること。「自分の手でとる」という行為を通して、私たちが食べているものもまた自然の中で生きている命であると実感できることでしょう。みなさんの周りには、野食になりそうなものがどのくらいありますか?

◆参考図書:
『野食のススメ』茸本朗(たけもとあきら)(株式会社星海社)
『雑草レシピ元気読本』小崎順子(無明舎出版)
『自然栽培vol.3 草ってすごい』農業ルネサンス『自然栽培』編集部(東邦出版)

研究テーマ
食品

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