日常のこと
私たち現代人はなにかと忙しく、毎日がせわしなく流れていきます。そんな中で、せめて家だけは、自分を取り戻してホッとできる空間にしたいものです。なにも、特別なことでなくていい。ふだんの生活をどれだけ豊かに美しくできるかが、大切なことだと思われます。
とりとめのない家族との会話、窓から見る風景、部屋に飾った花、食卓のしつらえ──どれもありふれた日常ですが、その日常を整えていくことで、暮らしは豊かになっていくでしょう。
忙しいの「忙」という字は、心情をあらわす「立心偏」に「亡くす」と書きます。忙しさに慣れていくと、私たちはついつい心を忘れてしまいがちです。特別ではないこと、あたりまえのことに感謝して、そのコトやモノに深く感じ入るには、心にも空間にも余裕が必要です。そしてその余裕は、丁寧な暮らしをすることから生まれるのかもしれません。
少し面倒でも、大事なものは丁寧にしまい、そうじも丁寧にしてみる。料理も手間ひまかけてつくってみる。小さなものをあるべき位置に正確に戻し、草木には水をやり、場を整えていく。日常の家事は、毎日を快適に過ごすための大切な仕事といえそうです。
整えられた空間で静かに過ごしていると、ふだんは気付かない鳥や虫の声が聞こえてきたり、風の動きに季節の変化を感じたりすることもあるでしょう。お茶の時間にとっておきのお菓子を添えて、ゆっくりくつろぐ気分にもなるでしょう。自分や家族の「いまの暮らしに」満足して、それを楽しんでいくこと。日常の豊かさとは、そういうものかもしれません。
私たちを囲む世界は、どんどん便利で合理的になっていきます。そのたびに目新しいものに振り回されるのではなく、いまあるもの中で丁寧に暮らすことが大切なのではないでしょうか。
他人が持っているものより、いま自分が手にしているもの。豪華なものより、自分に合うもの。たくさんのものより、少ないもの。大きいものより、小さいもの。便利なものより、少し不便なもの。遠い未来のことより、今のこと。現状をそのまま受け容れていくことが、日々の暮らしをいとおしむということなのかもしれません。
そして、「もっと欲しい」という欲求をいったんどこかにしまってみると、日々の暮らしが変わってくるかもしれません。