研究テーマ

下り坂を楽しむ

山は、登るより下る方がむずかしいと言われます。頂点をめざして進むときは、道もだんだん絞られて迷うことは少なくなり、がむしゃらに歩けばなんとか辿り着けます。辿り着いたときの達成感を思えば、力だって湧いてくるでしょう。しかし下るときは、そういうわけにもいきません。道は何本にも分かれています。注意深く、落ち着いて進まなければなりません。めざす頂上がないのですから、達成感もありません。
一見、下り坂には楽しみが少ないように思えますが、でも、下りならではの楽しみ方もあります。それは、いま目の前にあるものを楽しむということ。木々を眺めたり、鳥の声に耳を傾けたり、時には休んで川の水を飲んだり。先を急ぐのではなく、その時その瞬間を楽しんでいくことです。

成熟期の楽しみ

人生はしばしば山登りにたとえられますが、絶頂期を過ぎた後の下り坂こそが人生のおもしろさだとも言えます。若いときは、決めた道を突き進んで力まかせに上りますが、年齢を重ねれば、その後をどう下っていくのか、ゆっくりと考えざるを得ません。年齢を重ねるということは成熟することであり、ものへの見方が変わっていくことなのです。
「食」を例にとってみましょう。若いときは質より量で、食べたものはすべて血となり肉となりますが、年齢とともに食べる量は減っていき、「少量でいいからおいしいものを」と思うようになっていきます。おいしいものと言っても、贅沢なものや手の込んだものというわけではありません。素材そのもののおいしさを味わいたい、と思うようになるのです。
ものだって、そんなにたくさん欲しいとは思わなくなってきます。「もっと欲しい」という欲望から少しずつ離れて、いまの瞬間を楽しむことができるようになる。それは、「味わい」という言葉で表現できるかもしれません。噛み砕き、噛みしめて、そのものをじっくり味わう楽しみと言ってよいでしょう。

味わいを楽しむ

頂点を極めた日本の経済は、すでに、上り坂の時代を終えました。これからは、下り坂の、味わいを楽しむ時代に入ったと言えましょう。
「わび・さび」を尊ぶ日本人の美意識も、まさに味わいそのものです。路傍に咲く名もない野の花に目をとめて、それを美しいと感じる。走ることをやめて立ち止まった時に見えるもの、静かに耳を澄ました時に聴こえるもの、そこに新しい境地があるような気がします。
下り坂は、人間で言えば成熟期です。成熟するということは、「こうでなければならない」という思い込みを捨てて、「これもよし、あれもよし」と、いろいろな道を受け容れられるようになること。そう考えると、人生の楽しみは下り坂にこそありそうです。下り坂の道は、必ずしも一本ではありません。時には、美しい風景を求めて遠回りすることだって悪くはないでしょう。

成長のピークが過ぎ、時代の価値観が大きく変わろうとしている、いま。山登りにたとえるなら、みなさんはどんな風に歩いていらっしゃるでしょうか。ご意見、ご感想をお聞かせください。

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