桜に込める祈り
縦に長い日本列島では、1月の沖縄(カンヒザクラ)に始まり5月下旬の北海道(チシマザクラ)まで、およそ4カ月をかけて桜前線が北上します。東日本大震災の被災地、東北地方でも、例年なら、これからが本番。桜の開花が被災地の方々の心を少しでも癒し、希望のあかりを灯しますようにと、祈らずにはいられません。
桜と日本人
そもそも、日本人が植物の生長に深い関心を持つのは、農耕民族として生きてきた歴史と関係があるといいます。
サクラの「サ」は穀霊(穀物の中に宿る神霊)の古名で、「クラ」は神座を表す言葉。つまり、穀霊の依代(よりしろ=神霊が招き寄せられて乗り移るもの)として大切にされてきた花がサクラなのです。その花は実りの先触れであり、神意の発現と信じられ、「花見」によって秋の豊凶が占われたのだとか。豊かな実りへの願いを込めて開花を待ち、花を見つめてきた永い歴史が、現代人の桜を見る心にも受け継がれているのでしょう。
桜は全身桜色
染色家の志村ふくみさんは、山の桜の「樹皮」で染めて、上気したような美しいピンク色を取り出すといいます。その話は、詩人・大岡信さんの「言葉の力」という文章で中学校の国語の教科書にも載っていますので、ご存知の方も多いことでしょう。その美しい色が取り出せるのは、桜の花が咲く直前のころだけ。そのころ、桜の木は、「木全体で懸命になって最上のピンク色になろうとしている」のだそうです。幹も樹皮も樹液も、桜は全身で春のピンクに色づいていて、「花びらはいわばそれらのピンクが、ほんの先端だけ姿を出したもの」。桜の中にある、そんなひたむきさが、私たちを魅了するのかもしれません。
桜のいろいろ
幸福なことを「幸い(さいわい)」と言いますが、その古語は「さきはひ」。「咲く」の名詞形の「さき」と、ある状態が長く続くことをあらわす「はひ("気配""味わい"などの"はひ")」という言葉がつながってできた言葉だそうです。つまり、「さきはひ」は「花盛りが長く続く」という意味。古代の日本人は、心の中に花が咲きあふれているような状態を幸せと感じたのでしょう。現代の私たちが満開の桜を見て幸福感を味わうのは、そんな遠い記憶によるものかもしれません。
その一方で、あだ桜、こぼれ桜、落ち桜、葉桜......と、折々の桜の姿をとらえて、美しい名前が付けられてもいます。それはきっと、これまで多くの人が桜のさまざまな表情を愛してきたという証し。盛りの時ばかりでなく、散りゆく姿までを味わい慈しんできた日本人の細やかな感性を思うとき、ちょっと誇らしい気もしてきます。
未曾有の災害に見舞われた、この春。厳しい冬を乗り越えて花開く桜の姿は、多くの方の心に強い印象となって残ることでしょう。
あなたの心に残った桜は、どんな桜ですか?