研究テーマ

床に座る暮らし

住宅関連の雑誌などで「床座」という言葉をよく目にします。読んで字のごとく、床に直接座る生活スタイルのこと。以前、無印良品の家「みんなで考える住まいのかたち」で行った「部屋の使い方についてのアンケート」では、「リビングは床座の方がいい72%」など、床に座る暮らしをしたいという回答が数多くありました。座る生活の歴史が永かった日本人には、座ってこそくつろげる、という感覚があるようです。

昔の民家の間取りを見ると、玄関から入ると大きな土間があり、家の中に半外部的な空間がありました。そこは農作業の準備などをする仕事場であり、同時に、外から持ち込む土のついたものなどの置き場所でもありました。かまどや炊事場も土間にあり、火事などを避けるためにも、家の内部には火や水を持ち込まないようにしたのです。土間は障子や木戸で外部と仕切られただけですから、さぞ寒かっただろうと思いますが、家を清潔に保ち永く使うための工夫だったのでしょう。
床座は「家の中で履物を脱いで暮らす」という日本の清潔な生活習慣の中でこそ生まれ、続いてきたことなのかもしれません。「床座は日本の文化そのもの」と言う人もいるほどです。

しかし、キッチンが家の中に入り込んできたことで、日本でもダイニングテーブルと椅子での暮らしが始まります。とはいえ、その歴史は浅く、椅子やテーブルでの暮らしが一般に普及するのは、1950年代の終わり頃のこと。
その後、日本人の生活は洋風化を加速させていきますが、そんな中でも、履物を脱いで家に入るという生活習慣はずっと受け継がれていきました。畳敷きの和室も受け継がれています。履物を脱いだ状態で、椅子やテーブルを使う椅子座の生活と古来の床座とが混在していると言ってよいでしょう。

ここで、少し不自然なことが生まれてきました。椅子に腰かけるのと床に座るのとでは、視線の高さが40センチぐらい違います。椅子で生活する「椅子座」には、それまでの日本家屋の天井の高さでは低すぎます。しかし、椅子座に合わせると、床座の暮らしには天井が高すぎて落ち着きません。日本の暮らしには、天井が少し低いぐらいの方が落ち着いて感じるのです。
そうしたことを解決には、床座の生活スペースと椅子座のそれとの床の高さを変えるのも一つの方法です。

下の図面をご覧ください。以前「無印良品、みんなで考える住まいのかたち」のコーナーで紹介した間取りですが、キッチンや廊下は床の高さをそのままにして、床座のくらしの部分やテーブルのところを掘りごたつのようにして一段高いところに腰掛けるようにしてみました。

こうして床の高さを変えることで、テーブルの前でも、床に座る場所でも、視線の高さを同じようにすることができます。

最近では、ヨーロッパでもくつを脱いで室内履きに履き替える家をよく見かけます。くつを脱いで床に座る解放感は、一度味わったら忘れることのできないものかもしれません。
また、ソファーや椅子には限られた人数しか座れませんが、床なら真ん中にローテーブルを置けば座る位置も人数も自由自在。大勢でテーブルを囲むことも可能です。低いテーブルや家具は、部屋を広く感じさせてもくれます。

日本人は永い間、畳の上で暮らしてきました。ひとつの部屋が茶の間にも客間にも寝室にもなるという自在性は、モノを極力減らしてすっきりと暮らした床座の中でこそ実現できたのかもしれません。床に敷かれた畳の感触だけでなく、その香りまでも味わう繊細な感覚も、床座の中から育まれてきたものと言えるでしょう。視線が低くなることで、より自然に近づき、見えてくるものもあるはずです。床座は、単に床に直接座わる生活スタイルというだけでなく、日本人の自然観にも深く関わっているような気がします。

みなさんは、床に座る生活について、どう思われますか?
まだまだ寒さの厳しいこの時季、床に座り、こたつを囲んで家族団欒もいいものです。

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生活雑貨

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