研究テーマ

春の胎動 ─啓蟄─

「春」の下に「虫」を二つ書いて蠢く(うごめく)と読みます。はっきりとではないけれど、全体が絶えずわずかに動いている感じ。すぐそこまで来ている春に向けて、生き物が動きはじめるこの季節の空気をあらわしているようですね。「二十四節気」によると、今年は3月5日が「啓蟄(けいちつ)」。土の中で冬ごもりしていた虫たちが、地上に姿をあらわしはじめる頃とされます。

春が立ち、雨になり、虫が出る。

「二十四節気」は、太陽が地球を一周する時間を24等分した自然の暦。「冬至・夏至・春分・秋分」を軸に、その中間に「立春・立夏・立秋・立冬」を置き、その季節ごとにふさわしい名前を付けたものです。
この二十四節気で、春分の一歩前、旧暦2月の節としてあるのが「啓蟄(けいちつ)」。「啓」には「ひらく、明ける」、「蟄」には「冬ごもりのために虫が地中に隠れる、閉じこもる」という意味があり、ふたつ組み合わさって、土中に閉じこもっていた虫がその穴の口を開いて出てくるという意味になります。
その前にある「雨水(うすい/今年は2月19日)」は、雪から雨に変わり、土の中が潤いはじめる頃。土の中が潤った後で冬眠していた虫たちが起きだす「啓蟄」へと続くのは、ごく自然な流れでしょう。

虫出しの雷。

啓蟄の頃に目覚めるのは、虫たちだけではありません。冬眠するなら、両生類でも爬虫類でも哺乳類でも同じ。啓蟄の頃の季語には「蛇穴を出ず」「熊穴を出ず」というものもあり、蛙が鳴きはじめるのもこの頃です。また、虫を目当てに鳥たちの動きも活発になるといいます。動物だけではありません。やわらかく湿った土の中で、眠っていた種も目覚め、草木の芽が萌え出るのも、この頃です。
「春」の語源は、「万物のハル(発る)候」、「草木の芽のハル(張る)候」からきているといわれます。漢和辞典によれば、「春」の字の上半分は土の中から草が伸び出す様子で、下半分は暖かく大地を育む陽光をあらわしているとか。一方、英語の「spring」は、「急に動く」「飛び出る」「立ち上がる」「水が湧き出る」。いずれも、万物が冬の深い眠りから目覚め、新しいはじまりを迎える意味といってよいでしょう。

すべての生命が動き出す。

啓蟄のこの頃は、寒冷前線と暖かい春の空気が重なり合って「春雷」が鳴りやすい季節です。昔の人は、立春を過ぎて初めて鳴る雷のことを「虫出しの雷」と名付けました。冬ごもりの虫たちが、雷の音に驚いて這い出してくると考えたのでしょう。虫出しの雷は、土中の虫たちに春の訪れを告げ、「そろそろ起きなさい」と呼びかける天の声というわけです。江戸時代の人々は、この時期に稲妻柄の着物を着て虫を驚かせ、早々と虫たちを目覚めさせて春の訪れを待ったという話もあります。

稲妻は、稲の夫。

雷といえば、稲光りのことを「稲妻」と呼ぶのはなぜでしょう。
「つま」とは、古くは夫婦や恋人などのペアの相手のことを指す言葉で、妻だけでなく夫のことも指していました。「いなづま」の「つま」は「夫」のことで、文字通り「稲」の「夫」という意味。奥さんが「稲」で夫が「稲妻」というには、それなりのわけがありました。
雷が落ちると、放電によって空中に充満している窒素が分解されます。そして、通常なら地中からしか吸収できない養分を大気中からも吸収できるようになり、農作物がよく実るのだとか。実際、落雷したところで栽培された椎茸はよく生育することから、この説は科学的に証明されているといいます。
古代の人々は、落雷が実りを豊かにすることを体験的に知っていて、「いなづま」という名前を与えたのかもしれません。

農耕民族として生きてきた日本人は、自然の微妙な変化の中から季節の移ろいを感じ取り、それを読み解きながら、農作業や暮らしに役立ててきました。
自然が少なくなった現代の暮らしの中でも、目を凝らせば、季節の変化を見つけることはできるでしょう。
みなさんの周りでは、どんな生き物が動きはじめていますか?
また、スポーツの虫、本の虫、食欲の虫、仕事の虫、勉強の虫と、私たちの中にも、いろいろな虫が潜んでいます。みなさんは、春と一緒にどんな虫を動かしはじめますか?
ご感想・ご意見をお聞かせください。

研究テーマ
生活雑貨

このテーマのコラム