研究テーマ

住まいの衣替え

6月に入り、制服のある学校や職場では、夏服への衣替えも終わったことでしょう。いまでは衣替えというと衣服だけですが、かつては家具調度類も含め、季節の変化に応じてあらためることをいいました。エアコンも何もなかった時代、蒸し暑い日本の夏を少しでも快適に過ごすために、先人たちはさまざまな工夫を凝らしてきたのです。

夏のしつらえ

衣替えの始まりは、平安時代の宮中の年中行事。旧暦の4月1日からは夏装束、10月1日からは冬装束と定められていて、衣の素材や染めの色はもちろん、扇の素材まで替えていたといいます。そして鎌倉時代になると、衣類だけでなく建具や家具、調度品も「衣替え」するようになりました。
京都の町家では、いまもその習慣が残っていて、衣服を着替えるように「建具替え」を行います。ふすまや障子を取り外して、よしずを張った葦戸(よしど)に替え、室内には御簾(みす=室内用のすだれ)を、軒先にはすだれやよしずを掛けて、「夏座敷」に衣替え。畳の上には網代(あじろ=薄く削った竹などを編んだもの)や籐筵(とうむしろ)を敷き、掛軸も替えて、蒸し暑い京都の夏を少しでも快適に過ごすための準備をするのです。手や足裏で触れたときの感触、風の動きを目や耳でも感じるための工夫など、そこにはさまざまな知恵が詰まっています。

すだれ

夏のしつらえですぐに思い浮かべるのは、すだれ(簾)。すだれ越しに風が通り抜ける爽やかさは、エアコンでは味わえない感覚ですね。「すだれ」という言葉は、「簀(す)+垂れ(たれ)」。簀(す)は竹や葦をすき間をあけて並べて編んだもので、これを垂らして使うことから「簀垂れ(すだれ)」になったといいます。
かつて、すだれは、身近にある材料を使って簡単な技術でできるものでした。それだけに種類も多く、間口いっぱいの長さのものから、半分のもの、軒端に掛けて連ねる軒簾(のきすだれ)など、さまざま。見た目にも涼やかで、京都の祇園新橋や産寧坂など伝統的建物保存地区では、街並みを美しく整えるために、軒簾を掛けることが市の条例で決められているといいます。
一方、すだれ作りの技術が高度に発達して生まれたのが、「御簾(みす)」と呼ばれる室内用のすだれ。竹を細く裂いてヒゴにし、絹糸で編んで周囲に錦の縁をつけたもので、昔は貴族の館などで使われていました。今でも神社や大きなお寺で見かけますが、お座敷用のすだれはこれを簡略化したものです。
すだれの大きな特長は、光や風を通し、中から外は透けて見えるけれど、外から中は見えないこと。天皇や貴人の座の前に御簾が掛けられるのも、こうした理由からなのでしょう。「自分は見ることができるが、相手からは見えない」というのは「神」の定義の一つだそうですから、御簾が権威づけに使われたのかもしれません。貴族的な使い方はさておき、目隠ししながら風を通してくれるすだれは、夏のしつらえにもっと活用したいもの。室内用は、間仕切りとしても便利に使えることでしょう。

現代の衣替え

季節によってしつらえを替えるには、建具や敷物などを季節ごとに出し入れしなければなりません。そのため、昔の家には季節外のものを収納する納戸や土蔵がありました。スペースの限られた現代の住環境では、たしかにむずかしい面もあるでしょう。とはいえ、大がかりなことはできなくても、ちょっとした工夫で現代版「住まいの衣替え」はできそうです。
たとえば、座布団。昔はどこの家庭にも冬座布団と夏座布団がありました。それがカバーだけを着せ替えるようになり、そのうち座布団を敷いて座ること自体が少なくなって、クッションに。となれば、クッションのカバーを衣替えするだけでも、夏らしいしつらえに変わりそうです。他にも、カーテンやスリッパ、カーペット、食器類を涼しげなものに替えたり、風鈴やうちわを出したり…「そんなことなら、やっている」とおっしゃる方も多いことでしょう。そうです。ふだん何気なくやっていることを、少し意識してやるだけで、住まいの衣替えはできるのです。

四季のはっきりした日本では、季節の変わり目を楽しみ、それを衣食住に取りこんで暮らしてきました。それはそのまま、自然を感じる細やかな心。昔から受け継がれてきたそんな心を、もう一度見直してみたいものですね。
みなさんのお宅では、どんな風に住まいの衣替えをなさっていますか?
ご意見・ご感想をお聞かせください。

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