食べものの虫よけ ─はいちょう─
テレビで殺虫剤のコマーシャルが頻繁に流される季節になりました。夏は、ハエや蚊など、人間にとってあまりありがたくない虫たちが活発に動き出す時季。特に食べものにたかるハエは、昔から悩みの種だったようです。現代の私たちは、とりあえず何でも冷蔵庫に入れることで済ませているようなところもありますが、冷蔵庫のなかった時代、人々は夏場の食べものをどうやって護っていたのでしょう?
食べものの一時保存
「三種の神器(白黒テレビ、電気洗濯機、電気冷蔵庫)」という言葉が流行った昭和30年代は、家電が急速に普及していった時代。昭和32年には2.8%だった電気冷蔵庫の保有率も、昭和40年には68.7%までになりました。それでも、そのころはまだ、食品のほとんどを冷蔵庫にしまうという習慣はなかったようです。現代の私たちは、「冷蔵庫にさえ入れておけば安心」とばかりに、何でもかんでも冷蔵庫に放り込んでしまいがち。たしかに、冷蔵庫に入れておけば、とりあえずは安心ですしハエがたかる心配もありません。でも、よくよく考えてみると、冷やす必要のない食べもの、冷やすと逆に味の落ちてしまう食べものもあるのではないでしょうか。食事時間がずれる家族の夕食などは、常温で一時保存するほうがおいしさを保てる気がします。といって、ハエがたかるのも困る。そんなとき、食べものを虫から護っていたのが、蠅帳(はいちょう・はえちょう)でした。
名前が示す機能
蠅帳(はいちょう・はえちょう)を広辞苑で引くと、「食物を入れる台所用具のひとつ。蠅などが入るのを防ぎ、また通風をよくするため、紗や金網を張った戸棚」と説明されています。「ハイ」は「ハエ」が転じたもの。蠅入らず(はえいらず・はいらず)などの別名もあるように、食品にたかるハエをよけるために工夫された用具です。俳句の世界では、「蠅帳」も「蠅入らず」も、夏の季語として扱われます。
似たようなもので、鼠をよけるための「鼠入らず(ねずみいらず)」というのもありました。これは茶箪笥の原形ともいえるもので、食器やちょっとした食べものを入れておく戸棚。「蠅入らず」「鼠入らず」など、虫や動物の名前を冠した生活用具があるのは、昔の人が家の中の害虫・害獣を避けるために工夫を重ねてきた証しといえるかもしれません。ちなみに「猫いらず」は、鼠を食べてくれる猫も不要という毒薬の名前です。
虫を通さず風を通す
蠅帳は、家具タイプと折りたたみタイプに大別されます。家具タイプの中でも2種類あり、ひとつは食器戸棚の一部に網戸を入れたもの。そしてもうひとつは、周囲に金網や紗を張った蠅帳専用のものです。いずれも、ハエを通さないのはもちろん、風通しがよいのが特長。ハエが出てくるのは夏場ですから、冷蔵庫などなかった時代、食べものを保存する上で通気性を保つことは必須条件だったのでしょう。すでに江戸時代にはあったといわれ、食べものが傷みにくく、ニオイもこもらないので、一年中使われていたようです。今でも中国や台湾、韓国に行くと、こうした蠅帳が売られているとか。日本でも、最近は少しずつ見直されてきたのでしょう。桐製や漆塗りのもの、野菜ストッカーの上段だけ網を張って蠅帳としたものなど、いろいろなタイプが登場しているようです。
一方の折りたたみタイプは、食べものにかぶせるだけの簡易型。昭和時代にもっとも一般的に使われていたそれは、折りたたみ傘のように広げたりすぼめたりできるもので、骨組みに粗目の麻布が張ってありました。ちゃぶ台の形や大きさに応じて、四角、丸形、楕円形など、いろいろあったとか。食卓に料理を並べるとすぐにかぶせたようですが、ひとり遅れて食べる人の食事や翌朝の食事の一部を並べておくにも便利だったことでしょう。いまでも売られているようですが、「蠅」の文字が消えて、「食卓カバー」「フードカバー」「キッチンパラソル」などの名前で出ているといいます。
冷蔵庫やラップの普及でほとんど使われなくなってきた蠅帳ですが、電気を使わずゴミも出さずに食品を一時保存できる、すぐれもの。エコの観点から暮らしを見つめ直すと、もっとクローズアップされてもよい生活道具といえそうです。
みなさんは、どんなふうに食べものの虫よけ対策をなさっていますか?