研究テーマ

蓮の花の咲く音

夏の未明、東京・上野の不忍池(しのばずのいけ)には、多くの写真愛好家が集まります。蓮の名所として知られるこの池で、早朝に花開く蓮をカメラに収めようとする人たちです。ベテランは蓮の花の咲く状況を知り尽くしていて、初心者に指導もしてくれるのだとか。そんな場所で、蓮の花の咲く音の話を聞きました。

伝説の音

蓮は花開く瞬間に、「ポン」という音をたてて咲くそうです。その音を実際に聴いた人には出会えなかったのですが、「聴いたという人の話を聞いた」という人は何人かいました。
蓮の花は、かたい蕾が一気に開きます。力をこめて花開くその瞬間に、音がするのでしょうか。蕾が開くと、あの鮮やかで透き通るような桃色の花びらがあらわれます。蓮の花はそれから毎日、午後になると閉じて、次の日にまた開きます。それを5日ほど繰り返し、そして最後には花を閉じる力も尽きて、そのまま散っていくのです。わずか5日間の短い命ですが、だからこそ、この花の美しさに誰もが魅了されるのでしょう。
泥水の中から生じて清らかで美しい花を咲かせる蓮の花は、仏教では、仏の智慧(ちえ=真理を明らかにし悟りを開く働き)や慈悲の象徴とされています。蓮の花をかたどった「蓮の台(はすのうてな)」と呼ばれる台座は、仏や菩薩が座するところ。この花に神秘的な美しさや目に見えない何かとつながっているような力を感じるのは、そんなところに理由があるのかもしれません。

聞こえない音を聴く

蓮の花が咲くのは、午前3時45分頃だそうです。それは、夜から朝に変わる時間だといいます。自然の音を録音し続けている音楽家の話によると、朝の4時ぐらいに鳥の声も虫の声も一斉に止まる瞬間があるのだとか。すべての動きが止まり、あらゆる生命が生まれる、そんな不思議な瞬間があるらしいのです。蓮の花の咲く時間も、このことと関係しているかもしれません。
実際、朝の静寂の中で美しい蓮の花を見ていると、この静寂を打ち破って、花開く瞬間に音がするような気になります。それは多分、朝の訪れの合図。耳で聞く音ではなくて、「体で感じる」音なのかもしれません。
鳥や虫たちは、一斉に何かを感じて朝の始まりを察知します。同じ生きものである人間にも、本来はそうした能力が備わっていたはずです。聴くということに集中して、自然のリズムに身を寄せる。そうすることで、聴こえてくる世界があるかもしれません。
聞こえない音に耳を傾けたり、見えないものに目を凝らしたりすることは、そのまま、自然のリズムに寄り添うことにもつながるでしょう。

蓮の花が咲く季節は、夏休みと重なります。早起きして、蓮の花の咲く音を聴きに出かけてみませんか。蓮の花でなくても、「朝の音」に耳を傾けてみるのもいいでしょう。朝の静寂の中で耳を澄ますと、これまで聞こえなかった小さな命のひそやかな音が聴こえてくるかもしれません。
みなさんは、この夏、自然のどんな音を聴かれますか? 音についてのご意見、ご感想をお寄せください。

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