研究テーマ

都市の中に森をつくる

東京・原宿の喧騒を抜けて明治神宮の森に入ると、濃密な木々のにおいと清らかな空気に満ちた別世界が広がります。そこは都会のど真ん中にある鎮守の森。この豊かな森が、実は天然林ではないと言うと、驚かれるでしょうか。今から90年ちょっと前に人の手で植えた木々が育ってできた、人工の森なのです。

消えていった森

古来、私たち日本人は、森を守り、森に守られて暮らしてきました。鎮守の森には地域を守る神々を迎え入れ、里山からは田畑の肥料や日々の燃料、食材などをいただく。人々は、木や森をひとつの生命とみなし、森全体を神が宿る場として、その存在に感謝し祈りをささげながら暮らしてきたのです。人々のそんな想いが、森自身の活力になっていったのかもしれません。そこではその土地にもっとも適した「ふるさとの木々」が育ち、自然の生態系が保たれていました。森は暮らしの身近にあり、人間だけでなく多くの生命を育む場として機能していたのです。
しかし日本の森や木は、戦後の住宅開発にともなって人の暮らす場所近くから姿を消していきました。かつて神奈川県には2850もの鎮守の森があったそうですが、戦後の30年間でわずか40にまで激減したと言われます。

日本の森

いま、日本の林業は厳しい状況に置かれています。戦後復興期の木材需要を満たすためにスギやヒノキを大量に植えたものの、それらの木が育った頃には価格の安い輸入材が市場を席捲していたのです。国産材の需要を見直そうという動きはあるものの、価格的になかなか太刀打ちできません。木が売れないので、その手入れをする費用もなく、山はますます荒れていく。そんな悪循環に陥っています。
しかしそもそも、「資源を得るための森」という発想が自然の生態系を壊してしまったのかもしれません。土地の植生に合ったバランスのよい森なら、手入れもあまり必要ないと言われています。経済の視点から離れて、森の存在そのものが、人間の暮らしに必要なものだと考え直すことはできないでしょうか。

都市の中に緑を

人口縮小にともない、これから先、日本の都市にはどんどん空き地が増えていくはずです。その空いた土地に木を植え、森をつくることはできないものでしょうか。公共事業で建物をつくるかわりに、その資金を使って都市に森をつくる。空き地があれば、画一的な公園にするのではなく、小規模な森をつくって森の中で子どもを遊ばせてあげる。いま必要なことは、山の手入れをすること以上に、山そのもの、森そのものを復活させること。明治神宮の森のように、街の中に樹木を取り戻していくことなのです。そのためには、これまで培ってきた林業の智恵を、都市の中に生かすことも大切でしょう。
植物生態学者の宮脇昭さんは、激減してしまった「ふるさとの緑」を復活させるために「鎮守の森」をつくる活動を続け、これまで世界各地で4000万本以上の木を植えてきました。それぞれの土地の植生を調べ尽くし、そこに本来育っていた木々を見つけ出して力強い森をつくる。そのことで環境保全や災害防止になるのはもちろんですが、宮脇さんの目的はそれだけではありません。訪れれば訪れるほど心が洗われるような、人のよりどころとなる「命の森」をつくること。それはきっと、かつての日本人が持っていた「自然とつながる」心を取り戻すことにもなるのでしょう。

人が暮らす身近なところに木があること、森と人間が共存すること、木のエネルギーを身近に感じられること。都市の中に、都市の傍らに、森を取り戻していくことで、都市の生活をもっと人間らしいものに変えていくことができるかもしれません。
みなさんのご意見をお聞かせください。

研究テーマ
生活雑貨

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