コミュニティーの中のアーティストたち
ある船会社ではアーティストに一等船室を無料で提供し、その代わりに、航海中は出演料なしで演じてもらうと聞きました。長い船旅をパフォーマンスで盛り上げて、乗船客に少しでも楽しんでもらおうというアイデアです。船会社側は通常のギャラを支払うより経費が少なくてすみ、アーティスト側は目的地までの交通費がかからない。双方にとってメリットのある方法と言えるでしょう。
この話がすばらしいのは、アーティストという存在の大切さを、企業側が理解していること。単に船上を楽しくするだけの目的ではなく、アーティストの暮らしを支援しているという点です。
ひと口にアーティストといっても、経済的に恵まれている人ばかりではありません。テレビなどに出演して高額なギャラを得られるビックスターは、ほんの一握りの人だけです。最近では、地方や田舎で暮らすアーティストも増えています。彼らは移り住んだコミュニティーの中で楽しみや新しい仕掛けをつくりだしていますが、なんとか暮らしが成り立ったとしても、外に出かける交通費まで稼ぎだすのはなかなかむずかしいのが現実です。しかし、交通費が無料になれば、演奏旅行にも出かけられるでしょう。旅は文化を運ぶ装置。アーティストが気軽に旅することのできる環境が整えば、私たち一般人の世界もより豊かなものになっていくはずです。
昨今、地方の街の活性化が社会的なテーマになっています。このことを考えるとき、経済的にどう成り立つかという視点はもちろん必要ですが、それだけでは本当の意味での解決策にはならない気がします。
大切なことは、その地域に暮らす楽しさをどう表現し、地域の文化をどのようにつくっていくかということ。そのためには、アーティストと呼ばれる人たちの存在が欠かせません。日常の暮らしの中にうるおいをつくり、それを美しく表現していくことができるのはアーティストなのです。
こんな話があります。大阪梅田の徒歩圏内にありながら、奇跡的に戦火をまぬがれた古い下町、中崎町地区。古い建物がそのまま残されて老朽化と過疎化が進んでいたこの地で、今から約10年前、一人のアーティスト(舞踏家であり俳優)が築130年の長屋をコミュニティーカフェに再生しました。抜いた釘も叩いて伸ばして使うという100%リサイクルに徹したリノベーションは周囲の共感を呼び、2カ月半の工事期間中に手伝った人の数は延べ1129人。地域のもらい物、拾いものだけで構成されたその店内には、子どもからお年寄り、さまざまなバックグランドをもった人が集い、化学反応を起こしはじめました。その後、同様のセルフビルドの再生店舗が生まれ、現在では80店舗以上のカフェ雑貨店が点在し、劇場や映画館、アートスペース、BAR、本屋、ラジオ局なども拡大中。1軒のカフェが、ミックスカルチャーを発信する町の火付け役になったのです。ここではまた、舞踏家であるアーティストが中心になって、長年廃れていた地域の祭りも復活させました。行事としての祭りの復活ならよく聞く話ですが、ここで特筆すべきは、地元のお年寄りすら忘れかけていた祭り踊りを掘り起こして再現したということ。廃れかけていた地域の文化に目を向け、光をあてたのは、アーティストという表現者の存在だったのです。
昔から、コミュニティーの中にはアーティストが必要とされてきました。普段は普通に仕事をしていても、なにかの時には、歌ったり演じたりつくったりしながら、中心になって場を盛り上げていく創造的な人たちです。日本全体が停滞している今、アーティストの存在は生きることの原点を呼び起こしてくれる可能性をもっているとも感じます。
コミュニティーとアーティストの関係について、みなさんはどんなふうに思われますか? また、身の回りでおこなっていらっしゃる活動などがありましたら、お教えください。