研究テーマ

暮らしの「かたがみ」

「Stay hungry,Stay foolish」─スティーブ・ジョブスの有名な言葉は、実は、1960年代のアメリカで生まれたある雑誌の最終号の見出し。よりよく生きるために必要なことをみんなで共有するため、あらゆる分野の知恵と情報を載せた「ホール・アース・カタログ」という雑誌です。必要なものを自分の手でつくり、自立して生きようとした人たちにとって、それは「暮らしのかたがみ」とも言えるものでした。

「かたがみ」とは

一般的に「かたがみ」といえば、衣服の型紙を想像します。それを手にすることで、簡単に同じものがつくれたり、基本のカタチを自分の体の大きさや好みに合わせて応用したりできる原型です。こうした「かたがみ」が、衣服だけでなく、家具や食、住まいなどにもあることは本コラムでも何度か触れてきました。
そこで気がついたことは、単に道具としてだけでなく、ものをつくるときの基本や基礎、知識や情報の整理といったことも含めて「かたがみ」と言えるのではないかということです。道具だけがあっても、簡単にものをつくることはできません。道具と知識、その両方があってはじめて、ものをつくり出すことができるようになります。両方の意味での「かたがみ」を考えることは、私たちの暮らしのありかたを考えることにもつながるでしょう。それはまた、現代の「かたがみ」とは何か、今の時代をどう生きるのか、といった根源的な問いにつながっていくのかもしれません。

ホール・アース・カタログ

1968年のアメリカで、スチュアート・ブランドという若者が編集した1冊の雑誌が出版されました。「whole earth catalog」と題されたその雑誌は、1971年まで定期的に発行され、アメリカのカウンターカルチャーとして当時の若者の文化を創ります。背景にあったのは、消費社会に対する反発です。その雑誌には、さまざまな道具の紹介はもちろん、子供の産み方、病気に対する知識、思想や哲学、有機農法、家のつくり方など、あらゆる情報と知恵が載せられていました。それは、「自らの力で」生きていく術を考え、身につけていくための道具や知識でした。主体を個人に、人間自身に、戻していくことを唱えているように思います。社会全体が国家や大企業という枠組みで進んで行く中、人間としての生き方を問いただそうとしてできた雑誌なのです。
創始者であるブランドに多大な影響を与え、この雑誌にも多く取り上げられたのが、建築家バックミンスター・フラーでした。「エネルギーには限界があり、地球を生命体として考えた時に、戦争や競争をしている場合ではない」と訴え、そのために環境負荷の少ない建築や車を考えつづけた建築家です。彼の唱えた「宇宙船地球号」という言葉を耳にしたことのある方も多いでしょう。環境と共存するための道具として、地球生命体が存続するための道具として、科学技術をとらえていったのです。若き日のスティーブ・ジョブスも、この雑誌の編集室に出入りしていたといいます。後にジョブスがアップルコンピュータを立ち上げたのも、まさに個人が使えるコンピューターを願ってのこと。「ホール・アース・カタログ」の理念を具現したものと言えるでしょう。その雑誌が出てから約50年、やっと今、私たちの意識はその意味を噛みしめようとしています。

経済成長や化石燃料の限界が言われる時代、ものを買っては使い捨てていく、そんな消費の在り方を、そろそろ考え直す時期に来ているのではないでしょうか。ただ消費して終わるのではなく、ものと向き合ってみる。そのためには、自分でつくることや参加していくことも必要な気がします。
「かたがみ」とは自分たちの暮らしを自分で考え、必要なものを自分でつくっていく技術を身につけていくためのもの。今までの延長線上にはない生き方、暮らし方を考えるとき、「かたがみ」がキーワードになるのではないでしょうか。みなさんと一緒に、暮らしの「かたがみ」について考えてみたいと思います。

小冊子くらし中心「かたがみ」から始まる は、2012年10月26日(金)より無印良品の店舗(一部店舗を除く)に並びます。
また、くらしの良品研究所 > 小冊子「くらし中心」にてPDFをダウンロードできます。

くらし中心「かたがみ」から始まる part1 家具のかたがみ展、有楽町アトリエムジにて2012年10月26日(金)から11月18日(日)まで

研究テーマ
生活雑貨

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