研究テーマ

器の性別

写真の茶碗は無印良品の商品ではございません

「夫婦(めおと)茶碗」と呼ばれる器があります。大ぶりのものとやや小ぶりのものをペアにした同柄の飯碗や湯呑みのことです。大きいほうを男物、小さいほうを女物とし、それを夫婦に見立てたネーミングでしょうか。どうやら日本には、器にも性別があるようです。

器の大小は性差別?

夫婦茶碗でなくても、男女で器の大きさが異なることはよくあります。銀座のある定食屋さんでは、女性客のご飯をやや小ぶりの飯碗で出したところ、ご飯好きの女性に「大きいお茶碗にしてください」と抗議されたという話もありました。どこに行っても画一的な茶碗で供されることの多い昨今、使う人に合わせて器を選んでいると見れば「さすが銀座」とも思えますが、これを細やかな心配りと見るか男女差別と見るかは、意見の分かれるところなのでしょう。
こうした器の大小、特に夫婦茶碗の大小は、「性差別の象徴」として槍玉にあげられることもありました。大きいほうを男性が、小さいほうを女性が使うことが多いため、器の大小が「虐げられた女性の社会的地位を表わしている」というわけです。とはいえ、家庭の飯碗を見れば、家族全員のものを同じ大きさで揃えることのほうが珍しいのではないでしょうか。そして、その大小は身体の大きさや食べる量によって変えているように思われます。

手に持つ食器

日本の器の大小は、実は日本の食事スタイルと関係しています。そもそも、日本の文化は床の文化です。西洋風のテーブルがなかったのはもちろん、「ちゃぶ台」が出現したのも明治になってからのこと。それまでの長い時代、日本人は箱膳(一人分の食器を入れておく箱で、食事のときは膳にするもの)を床に置いて食事をしていました。料理と口との距離は相当離れていますから、必然的にお椀や皿を手で持って食べる、というスタイルになります。食器をテーブルに置いたまま食べる「皿料理」に対して、日本人の食事は手に持って食べる「椀料理」です。
手で持つということが大前提ですから、器の大きさは手の大きさに合わせて違ってきます。たとえば塗りのお椀は、男物で直径4寸(約12.1cm)、女物なら3寸8分(約11.5cm)というのが標準的な寸法。片手で握るようにして持つ湯呑みは、お椀よりはずっと小さくて、男物で直径2寸6分(約7.9cm)、女物で2寸4分(約7.3cm)が標準的な寸法だとか。使う人の手のサイズから割り出した寸法が、そのまま器の性別をつくりだしていたのです。

手で味わう

熱々のお茶や甘酒などを湯呑みでいただくとき、私たちは無意識のうちに、掌でその温かさを感じながら飲んでいます。手で包むようにして持つ湯呑みを使って気づくのは、石物(磁器)と土物(陶器)では感じる熱さが違うということです。石物の中に熱々のお茶が入っていたら、とても手では持てません。火のように熱く淹れろといわれる番茶器に土物が多いのは、そんな理由から。一方、玉露は50~60℃くらいのお湯で入れますから、煎茶器は石物でも手で持てるわけですね。
工業デザイナーの秋岡芳夫さんは、その著書「暮らしのためのデザイン」の中で、「分厚い土物の湯呑みでコーヒーを飲んだら、さぞうまかろう」と書き、「ぼくらの手には味覚があって、器のぬくもりで器の中身の味を味わうことができる。日本特有の食の伝統、手で器を持って食事をし、飲み物を楽しんできたその長い歴史が、ぼくらの掌に、知らず知らずの間に『手の味覚』を育てている。毎日、味噌汁・煎茶を手で味わいつづけてきたおかげで、コーヒーを煎茶碗でおいしく飲む能力がぼくらの手には備わっている」と続けています。
いとおしむように手で持つことで、生まれ育まれてきた日本人の食文化。それは、ほどよい大きさで手になじむ器があったからこそ、と言えるかもしれません。

大柄な女性が増えた現代では、器の大小で男物・女物を分ける必要性は薄れてきているのかもしれません。いずれにせよ、大切なことは、自分の手になじむ心地よい大きさの器を選ぶこと。
みなさんは、「器の性別」についてどんなふうに思われますか?

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