研究テーマ

繕う ─包丁を研ぐ─

玉ネギを切って涙が出るのは、切れない包丁のせいだと言われます。包丁は日々の料理に欠かせない道具ですが、そのわりに、私たちは「切れ味」に対して無頓着かもしれません。以前のコラム「つくろう」では壊れたりほころびたりしたものを直す繕いをご紹介しましたが、使い勝手が悪くなったものを元に戻すのも繕い。「繕う」第2弾の今回は、包丁の切れ味を取り戻す「研ぎ」について考えてみましょう。

包丁の切れ味

包丁というのは、ちょっとやっかいな道具です。高い値段を出して切れ味抜群のものを買ったとしても、使っていくうちに刃先がつぶれたり欠けたりして、しだいに切れなくなっていきます。本来の力を発揮させるためには、なんらかの方法で「再生」させなければなりません。
切れ味を取り戻すために行うのが「研ぐ」という手入れです。しかしその前に、そもそも私たちは、本当の「切れ味」というものをわかっているのでしょうか?
「切れない包丁の切れ方が『普通』だと思ってしまい、本当の切れ味というものを知らない人が多い」と語るのは、包丁研ぎ師の藤原将志さん。三重県松阪市の老舗刃物店の若き3代目です。鶏肉の皮をキッチン鋏で切る人、切れ味の悪い包丁で力を入れ過ぎて肩凝りまで起こしている人…プロの料理人を育てる調理師学校ですら、研ぎを教える授業はほんのわずかだといいます。
切れ味のよい包丁を使うと、無駄な力を入れなくてすむので、まず、体が疲れません。それだけでなく、料理の味や見た目にも影響します。繊維を壊さずにスパッと切れた食材は、味滲みがよく料理時間を短縮できて、おいしく仕上がるのです。千切りや飾り切り、薄切り、お造りなど、日本料理の繊細な美しさも、切れ味のよい包丁によって支えられ発展してきたといってよいでしょう。

簡易研ぎ器

東京刃物工業協同組合が1991年に首都圏の200軒を対象に行った調査によると、自宅で砥石を使って包丁を研いでいる人が64%あったといいます。20~30年前まで、多くの家庭には砥石があって、包丁の切れ味が悪くなると、それを取り出して刃をあてていたものでした。しかし今では砥石を常備している家庭は少なく、それに代わって使われているのが簡易包丁研ぎ器です。知識や技術がなくても簡単に研げるところが、人気の秘密かもしれません。
簡易研ぎ器はたしかに便利なものです。しかし、包丁の刃先だけを研ぐので、研ぎ器を使い続けていると刃先が鈍角になるという欠点も。ものを切ったとき刃がスーッと入っていかないような感触になるのは、そのせいなのです。それでも研ぎ器を使い続けていると、刃先が減って刃が厚くなり、ますます鈍角になって、さらに抵抗が大きくなることに。また、研磨部位が摩耗して研磨力の落ちた研ぎ器で包丁を研ぎ続けると、刃をつぶしてしまう恐れもあるといいます。

砥石で研ぐ

面直しで砥石を平らにしているところ

一方、砥石で研ぐメリットは、刃をあてる角度を自由に調整できるので、正確に繊細に研げること。左利きには左利き用の研ぎ方があるといいます。また、機械や簡易研ぎ器などに比べて包丁の減りが少なく、包丁に熱が加わらないこと(よい包丁ほど、熱を加えると刃もち、切れ味が悪くなるのです)。もちろん、手が汚れて時間がかかるという欠点もありますが、それを差し引いても、包丁のためには砥石で研ぐのがもっともよい方法と言えるでしょう。
とはいえ、現代人の多くは砥石で研ぐ方法を知りません。砥石を常備する家庭が少なくなった今、その技術が伝わっていないのは当然です。こうしたことに危機感を抱いた藤原さんは、ひとりでも多くの人に研ぎの技術を伝えるため、一日一組、無料で研ぎの講習をしています。その藤原さんに聞いた大切なポイントは、砥石を常に平らに保つこと。擦り減ってゆがんだ砥石で研ぐと、刃が曲がってしまうのだそうです。砥石を平らに直すための「面直し」という砥石もあり、まっすぐな砥石で研げば、包丁研ぎはそんなにむずかしいものではないといいます。忙しい日常の中で一から十まで砥石で研ぐのは無理にしろ、砥石と簡易研ぎ器を上手に組み合わせて切れ味を保つことが、包丁の賢い使い方といえるでしょう。

研ぐことで切れ味を保ちながら、気持ちよく永く使い続ける。包丁は、手入れしだいで20年も30年も使える道具だといわれます。使う人が心をかけ、手をかけることで、ものはその命を全うするのかもしれません。
繕いながら、ものを生かし、ていねいに暮らす。「包丁を研ぐ」ことについて、みなさんは、どう思われますか? ご意見・ご感想をお寄せください。

2013年3月23日(土)発行の小冊子「くらし中心№10─繕う」(PDF:2.2MB)では、砥石を使って研ぐ方法をご紹介しています。無印良品の店舗(一部店舗を除く)に並びますので、ぜひご覧ください。

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