研究テーマ

重さのデザイン

若いころは普通に持ち歩いていた革のバッグが、なんとなく重く感じられるようになった…中高年の人からよく聞く言葉です。バッグに限らず、着るものや道具類などの重さも、年を重ねるほどに気になってくるといいます。重さに対する感覚は、使う人の年齢や体力によっても変わってくるのかもしれません。以前のコラム「心地よい寸法─身度尺─」では、身体に聞いて編み出された寸法の話を書きましたが、今回は「ほどよい重さ」について考えてみましょう。

軽さは運びやすさ

禅僧が使う6個組の漆器、応量器

日本では昔から、重さに対して細やかな配慮がなされてきました。特に食器類は「軽くて運びやすい」のが特色で、それは、銘々膳に並んだ器を手に取って口に運ぶ日本人の食事スタイルと無縁ではないでしょう。
とりわけ軽いのが漆器。日本のものづくりの知恵を再認識させてくれた工業デザイナーの秋岡芳夫さんは、その著書「暮らしのためのデザイン」の中で、いろいろなものの重さを計り、「汁椀は100グラムで、りんごの三分の一の目方。大中小4つが"いれこ"になった昔の"四つ椀"は全部で270グラム。禅僧が使う"応量器(おうりょうき)"は6個組の漆器だが、これも270グラム。どちらも大ぶりのガラスコップ1個と同じ目方」だと書いています。
食器類だけではありません。和ダンスは、「女にも持ち運べる」のが特色。江戸末期から明治にかけてのタンスは二段重ねのものが多く、段ごとに二人で持つための把手と、かつぐための棒通しの金具が側面に必ずついていました。「長持唄(ながもちうた)」を歌いながら花嫁行列で嫁いだ時代、タンスをかついで運ぶための工夫だったのでしょう。同時にそれはまた、火事が江戸の華と言われた時代、いざというときには家財をタンスに詰め込んでかついで逃げるための工夫でもありました。こうした知恵が現代に生かされれば、大掃除や部屋の模様替えなどで、タンスの移動も楽にできそうですね。

使いやすい重さ

何でも軽ければよいかといえば、そうとも限りません。玄能(げんのう)というのは頭の両端が尖っていない金槌のことですが、作業内容によって使い分けられるよう、サイズだけでなく重さも変えてあります。小さなクギを打ち込んだり、カンナの刃を調整したりするときに使う小さめの玄能は300グラムで、中ぐらいのノミで中ぐらいの穴を掘るときに使うのは450グラム。そして大きいノミで大きな穴を開けるときに使う大きな玄能の重さは570グラムだとか。それぞれの作業にふさわしい重さというものがあるのでしょう。大工さんは、玄能を買うとき、作業に合わせて重さを指定して買うといいます。
また、「使いやすい」としてよく売れている包丁の重さを秋岡さんが計ってみたら、土佐の鍛治(かじ)が作っている包丁も、刃物産地・関で作っている包丁も、ほぼ同じ120グラムだったとか。「これは軽すぎて売れないんです」という包丁の目方は100グラムを少し割っていたといいます。ただし、本格的に鍛造した菜切り包丁や三徳包丁は120グラムではおさまらず150グラムぐらいになるといいますから、プロの料理人と家庭での普段使いでは、使いやすい重さがまた違うのかもしれません。

重さの好み

同じ本の中で秋岡さんは、あちこちの漆器産地で使いやすいとされている汁椀の重さと、瀬戸物屋で売っている標準的な飯碗の重さ、そして幕末に伊万里(いまり)で焼いて日本全国津々浦々で使っていたそば猪口の重さを計って比べることもしています。その結果は、手に慣れる器の重さは地域や時代が違っても変わらず、「ぼくらの手には、器の目方の好みに共通した感覚があるらしい」というもの。
一方、塗箸(ぬりばし)の重さは、地域によって好みの違いがあるようです。東北の人たちは重い箸を好むので、津軽塗の職人は重い「鉄木」などを箸の芯にして漆を塗り重ね、水に沈む箸を作るのだとか。その重さは、男もので25グラム、女ものは20グラム。逆に関西人は軽い箸を好むため、輪島では、京都好みに仕上げた10グラム程度の箸を作るといいます。そして、日本の箸の80%を生産している若狭では、東北好みと関西好みの間をとって、男ものを20グラム、女ものを15グラムに作るとか。こうした重さの微妙な違いを、私たち日本人は、無意識のうちに手で計り分けているようです。

ものの重さは、その時代の人々の暮らしと密接に結びついていました。2030年には、全人口の31.8%が65歳以上の高齢者になるといわれる日本。そんな時代に向けて、これからは、重さのデザインも大切な要素になっていくでしょう。
今回ご紹介した秋岡さんの本が刊行されたのは昭和54年。その後、高齢化の進んだ日本で、心地よいと感じる汁椀や飯碗の重さは軽くなっているのか、それともそのままなのか…興味のあるところです。
みなさんは、ものの重さについてどんな風に思われますか?

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