ものづくりの革命 ─メーカーズムーブメント─
「メーカー」を広辞苑で引くと、「作る人、製造者」の他に「名の知られた製造業者」と出ています。メーカー品といえば、有名な大企業がつくった製品といったニュアンスも。しかし、そんなイメージを変えてしまいそうな、ものづくりの革命が起きているといいます。だれもがメーカーズ(製造業者)になれる「メーカーズムーブメント」が、それです。
ものづくりには工場や大きな資本が必要、というのがこれまでの常識でした。ところが、そんな常識をくつがえす新しい流れができつつあります。工場を持たなくても、大きな投資をしなくても、だれもがメーカーになって、たった一人で製品をつくり、売っていける。それを可能にしたのは、デジタル工作機械という新たな道具の誕生です。デジタル工作機械とは、CADCAMやICカッターといったコンピューター制御で動く機械のこと。同様の機能を持つ3次元プリンターやレーザーカッターといった小さな機械に、自分のデスクトップパソコンからデータを送って、ものをつくることができるようになってきたのです。金型なしでものをつくることのできるこうした機械なら、部品のひとつひとつを3次元プリンターでつくって、この世にたった1台しかない自動車をつくることだってできてしまいます。
こうしたデジタル工作機械はまだまだ一般的にはなってはいませんが、大学やファブラボ、ファブカフェといった組織が、街角に地域のだれもが使えるオープンな工房をつくりはじめました。世界には、こうした街角デジタル工房がなんと1000カ所以上も生まれているのだとか。それによって、メーカーズムーブメントが加速されていくことは間違いないでしょう。以前、当コラム「自分でつくる─可能性を広げる工房─」でも、ファブラボやファブカフェの紹介をしましたが、その後もこうした動きはますます活発になっています。
こうした時代の変化を、音楽の分野で考えてみましょう。1980年代、ビッグレーベルに対して個人で音楽出版をしたインディーズの活動を思い起こしてください。ファンを集めてテープを売る、そんな時代がありました。これには、コピー機の出現も大きく関与しています。印刷工場に頼らず、カセットのカバー写真やパッケージ、イベントのチラシなどを自分たちの手でつくれたのは、コピー機があればこそでした。それが今や、テープはYouTubeに替わり、印刷はパソコンを使って精度の高いものができるようになりました。広告だってメディアをもたずにもSNSで広め、イベントを行うことも可能です。
これと同じような変化が「ものづくり」においても起きつつあるのです。19世紀の産業革命は、「産業の民主化」ともいえます。資本家がいれば新しい産業をおこすことが可能になりました。それまでの地位とは関係なく、アイデアと資本力で新たな産業をつくりだしていったのです。
二番目の産業革命は、インターネットの出現です。これは「情報の民主化」ともいえるでしょう。パーソナルコンピューターの普及により、さまざまな情報を個人が自由に持てるようになったことは、社会の大きな変革でした。(参考コラム:「暮らしのかたがみ」)
そして第三の産業革命が、このデジタルファブリケーションによるメーカーズムーブメント。これからの時代は、アイデアがあってその内容が必要で便利で愛されるものであれば、だれもが、たった一人でも、ものをつくって売ることが可能になっていくのです。「ものづくりの民主化」といってよいでしょう。
それを可能にするために、社会のさまざまなサービスがサポートしています。まずは、3次元の加工をするためのデータ作成のツールが一般化されること。個人でつくるデータがそのまま工場に送られてもすぐに加工が可能なこと。資金集めには、市場のお金を個人で集めるクラウドファンディングといった仕組みがあること。また、ネット上のサイトで情報交換をしたりアイデアを募ったり、感想を聞いたりと、ものづくりを洗練させるための仲間を増やせること。そして、できた製品を売っていくプラットフォームをつくるために、SNSといったサービスも欠かせません。さらには、自分たちでつくった考え方やそのディテールをオープンソースにしながらもライセンスで守る、クリエーティブコモンのような特許に替わる仕組みがあること。こうしたさまざまな環境が整って、メーカーズムーブメントが可能になっているのです。そしてそれは、もはや止めることができないほどのスピードで走りだしています。
これらの動きは、企業にとっては大きな反対勢力になるかもしれません。大量生産品に飽きた消費者は、自らがつくり手となって自分の欲しいものをつくり出します。マジョリティーではなく、ニッチな商品が多数生まれてくるでしょう。大量生産という大企業モデルが通用しないマーケットが広がっていくのです。欲しいもの、特殊なものは、価格競争に巻き込まれることもありません。また、途中段階で多くのユーザーを巻き込んで一緒にものづくりをする仕組みには、完成品を売るだけの商品にはない魅力があるでしょう。
かつて産業の仕組みが変わることで暮らしが大きく変わったように、これからの暮らしは、「ものづくりの民主化」によって大きく変わるに違いありません。企業は大きな価値の転換を迫られそうですが、消費者・生活者にとっては、新しい時代の幕開けのようにも思えます。
すべての人がクリエーターであれ!そしてメーカーになれ!
閉塞感のある今の時代の産業の仕組みに対して、社会の変化は目の前まで来ているのです。
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