日本の手仕事 ─漆器─
英語で小文字のjapanと表記すれば、漆(うるし)や漆器(しっき)のこと。1998年の長野オリンピックでは、木曽漆でつくったメダルが勝者の胸を飾り、日本の美をアピールしました。伝統工芸品的なイメージの強い漆ですが、箸やお椀、重箱などの漆器は、日本の食文化を支えてきた身近な生活用品。扱いが大変と敬遠されがちですが、実はとても実用的で、日常使いに適したものなのです。
漆のチカラ
漆の原料となるのは、ウルシ科の落葉高木、ウルシノキの樹液。樹皮を鎌で掻いて導管を切ったとき、傷口から涙のように出てくる樹液をすくい集めたものです。この樹液は、人間でいえばリンパ液のようなもの。傷口を修復するために樹が自ら出す液体で、糊のような性質を持ち、同時に抗菌作用や防腐作用もあるといわれます。
そんな漆は、自然界に存在する最強の接着剤といわれ、縄文時代には石の矢尻を矢に固定する接着剤として使われていたほど。それだけに、塗料としてのカバー力も抜群で、きちんとつくられた漆器は、酸やアルカリに強く、摩擦にも強い、強靭で美しい塗膜を持っているのです。古い建物や仏像などに漆が塗られているのも、大切なものを長持ちさせるための知恵だったのでしょう。
使われて美しく
漆器の魅力は、そうした機能性だけではありません。漆ならではの深い色つや、木の温もりを伝える手触りや口あたり
先人たちはそんな漆の味わいを楽しみながら使い込み、日本の食文化とともに受け継いできました。いまでは、形だけそれらしく見せた合成漆器もありますが、無論、そうしたものには漆本来の美しさや温もりは望むべくもないでしょう。
また、上質な漆器は、洗って拭き上げるたびにほんの少しずつ磨かれ、つややかさを増していきます。だから、腕のいい職人は、上塗りで滑らかに塗り上げたらその後は磨かないのだとか。使ううちに自然につやが出ることを見越しているからです。そして、使う人がそれを気に入って長く愛用し続けたとき、漆器が少しずつ変容していく──使い込んだモノの美しさとは、そうして完成していくのかもしれません。
ふだん使いの漆器
美しく機能性にもすぐれた漆器ですが、私たち現代人は、その良さを十分理解しないでいたかもしれません。そんな中、「日常使いできる漆器」をテーマに、つくりつづける漆職人がいます。河田塗りの産地、福井県鯖江市で工房を営む山㟁(やまぎし)厚夫さん。朱や黒という漆器の定番カラーに青漆を加えたり、光沢感を抑えたつや消しの漆器を初めてつくったりと、常に先駆けとなることをしてきました。その一方で、守るべきところは頑ななまでに伝統を守ります。たとえばお椀は、洗いやすいよう底の窪みが丸みを帯びていて、スタッキングもできる伝統的な形。使いやすさを追求してすでに完成されている形だから、「基本をちゃんと伝えることが大事」なのです。そして、コストを抑えるためのスプレー塗装はせず、あくまでも手塗りにこだわります。その山㟁さんが常に気にしているのは、漆器を使っている家庭の主婦の評価。生活用品としての漆器は、日常的に使われ生かされてこそ、受け継がれていくと思うからです。
漆器の扱い方
「漆器は取り扱いが大変」と敬遠しがちですが、基本的な扱い方さえ守れば、決して面倒なものではありません。職人の手できちんとつくられたものは丈夫で、デリケートな陶器や薄いガラス器よりは、むしろ気軽に扱えるくらい。木曽や鯖江など、漆器産地の学校では給食用の食器にも使われているといいます。
漆器を扱うときのポイントは、自分の顔と同じように考えること。漆器の嫌うものは、タワシや磨き粉、直射日光、乾燥、冷暖房器具のそば、極端に温度や湿度の高い場所、100℃を超える料理などで、つまり、人の肌が苦手なことは漆の肌も苦手なのです。かといってあまり神経質になる必要はなく、ほとんどのものが洗剤で洗えますし、日常的に使って洗っていれば乾燥も防げます。
下地塗りから始めて、中塗り、上塗りと何度も塗り重ね、やっと完成する漆器。職人が手間ひまかけてつくる品は、それなりに値段も張りますが、何年も使え、塗り直して修理できることも考えると、一概に高いとは言い切れません。よいものを大切にしながら、日常の中で愛着をもって使いつづける。私たち生活者がそんな豊かさをもつことで、日本伝統の技術も生き続けていくのかもしれません。
みなさんは、お気に入りの漆器や愛着のあるモノをお持ちですか?
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連載ブログ「MUJIキャラバン」では、山㟁厚夫さんの河田塗りをご紹介しています。