研究テーマ

日々の暮らしに杉を使う ─デザインの力、デザイナーの役割─

以前のコラムでは秋田杉でつくったバスターミナルのことをご紹介しましたが、今回ご紹介するのは、宮崎県日南(にちなん)市の飫肥(おび)杉を使った町おこし。その活動のキーマンのひとりであるプロダクトデザイナー、南雲勝志さんのお話を通して、町おこしとはなにか、そしてデザイナーの役割とは何かについて考えてみようと思います。

一大産業としての杉

宮崎県日南市は、戦後の植林ブーム以前から杉を育んできた、由緒ある杉の産地。面積の8割が森林で、その7割が特産の飫肥(おび)杉で占められます。その杉は、柔らかく弾力があり油分が多いことから、良質な造船材料として国内外に輸出されてきました。市内の油津地区には、江戸時代につくられたという「堀川運河」があり、かつては運搬のためにたえず杉丸太が浮かんでいて、この地の風景をつくっていたそうです。

運河の保存と復興

この運河沿いの整備事業が、10年ほど前から始まりました。それというのも、かつてはこの地の風景をつくっていた運河も使われなくなり、ヘドロが溜まって悪臭を放ち、埋め立てようという話がもちあがったのだそうです。しかし、かつての町の姿を知る人からは「保存すべき」という声もあがり、宮崎県は市や国と協議し、貴重な文化財保護の活動として、しっかりとした計画を練り上げることになりました。そして南雲さんも、土木・都市設計・歴史などの専門家と共に、この設計チームに参加することになります。同じ宮崎県の日向市で、すでに2000年から杉を使った町の活性化プロジェクトに参加していたことも、その要因でした。

夢見橋の計画

夢広場で行われた運河祭り

こうして運河沿いの整備が始まるのですが、その中で、大きな盛り上がりをみせることになったのが、設計チームの都市設計家、小野寺康さんによってデザインされた「夢見橋」のプロジェクトです。それは、運河の中ほどにつくられた「夢広場」に新たに架けられた、飫肥杉でつくられた橋でした。
この運河には、かつて木製や石の橋がいくつか架かっていたそうです。中には歴史的な価値を認められ、国の登録有形文化財として指定を受けている橋もあります。そうした橋と違って、この橋は現存していませんでした。長老たちの記憶の中にある橋だったのです。しかし広場の計画をより魅力的なものにするには、この橋を再現することが重要でしたし、地形上からみても、そこに橋を架けることは必然でもありました。
そこで設計チームは市民との対話を進め、橋のデザインをこの町の人たちと一緒になって考え始めます。市民からは、単に昔の橋を復元するのではなく、新しい「憩いの場」として、橋の上でも、腰掛けて景色を眺めたり会話を楽しんだりしたい。そのために、暑い陽射しをさえぎる屋根付きの橋が欲しい、という意見が浮上し、この橋が生まれたのです。
こうした市民との対話は、その後の日南市の町おこしの大きな転換点になっていきます。単に行政から与えられるものではなく、それをどう使っていくのか。そうしたことを考えるきっかけになっていったのです。今では、この橋と一体でマルシェやイベントなども盛んに行われるようになり、橋の上では、きれいに整備された運河を見ながらかつての風景をたどり、ゆったりとしたひとときを楽しんでいる人々の姿が見られます。

その後の取り組み

この橋づくりをきっかけに、その後、地元の杉を地域の資産としてもっと積極的に使おうという運動が、さまざまなアイデアで繰り広げられます。町づくりの専門家の講演を行ったり、南雲さんが活動をともにする「日本全国スギダラケ倶楽部」の第一回全国大会を日南市で行ったり。宮崎全体の取り組みである「杉コレクション」(※1)の第四回目もこの地で開催され、全国から公募された杉デザインコンペの作品発表会が堀川運河沿いで行われました。このコレクションは、今では毎年の恒例イベントとなり、宮崎県各地を巡回して行っているといいます。
杉をプロダクトとして販売するためのブランド、「obisugi design」も立ち上げられました。かつては「素材としての杉」を丸太で売っていたのですが、より付加価値の高い方法を模索し始めているのです。地元の人々の意識の変革は、徐々に高まっているようです。
しかし、南雲さんは、こうした活動だけで必ずしも林業の再生ができるとは思っていないとも言います。少子高齢化が進み、人口が減少する中で、国や地方経済が、売り上げ数字として上向いていくことはないだろうと言います。「売り上げの拡大」だけを目指すのでなく、こうした社会の変化を、もっと自分たちの暮らしの中に豊かさを発見する好機にしていくことが大切だと言うのです。
外から訪れる南雲さんにとって、肥沃な大地と海があり、美しい自然と気候に恵まれ、歴史を持ったこの地は、何ものにも代え難いほどの魅力にあふれた場所。杉を外に売るだけではなく、自分たちの暮らしのためにもっと使っていくこと、自分たちの暮らしを豊かにすることに気づく必要があるのだと言います。そして、南雲さんたちデザイナーの仕事は、何かのプロダクトをつくることではなく、地域の人たちがすでに持っている資源の価値に気づいてもらうために、そのきっかけをつくっていくこと。それこそがデザインであり、大きな仕事だと言うのです。

10年の歳月とデザイナーの役割

堀川運河の整備が始まって10年。登録有形文化財に指定されている運河中程の石橋「堀川橋」は改修され、少し上流にある木橋「花峯橋」は老朽化により文化財的価値を保ちつつ掛け替えされることになりました。
また中心市街地活性化事業の計画が決定され、街の活性化計画も順調に進んでいます。昨年は岩崎商店街の活性化のためにその企画運営を公募し、すでにさまざまな企画が始まっているとか。2007年、日南市では、役所内に町づくり推進プロジェクトチーム「飫肥杉課」を設置し、飫肥杉を核としたさまざまな活性化策を市民との協働により企画・立案・実行しているといいます。外部の人が入ることで、地元の人の意識も変化し始めているのでしょう。10年という長い年月ですが、振り返ると一瞬のようだ、と南雲さんは語ります。しかし、その時間の流れの中で、町の人たちとたくさんの物語を生みだしてきたのです。

日本には、こんなふうにかつて栄えた町がたくさんあるでしょう。そうした町が、それぞれの持っている文化や資産に気づき、その価値を見直して、自分たちの暮らしを豊かにしていく。そんな取り組みが、これからますます大切になってくるでしょう。そして、こうした気づきをつくることも、デザイナーという仕事の大きな役割なのかもしれません。

みなさんのご意見をお寄せください。

※1 杉コレクション:木材事業に従事する企業が中心になって組織された団体「宮崎木材壮青連合会」が、飫肥杉の価値を伝えるために企画している毎年恒例の杉のデザインコンペ(2004年~)。南雲さんはじめ、以前ご紹介した全国で杉の普及を推進する「スギダラケ倶楽部」のメンバーがサポートしています。

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