雷はおへそを取るか?
雲の中でピカッと光り、ゴロゴロと轟く雷鳴。「地震、雷、火事、親父」という言葉があるように、昔から雷は人々に恐れられてきました。これから夏にかけて、夕立の多い季節が続きます。よく「雷はおへそを取る」といいますが、この迷信、案外理に適った暮らしの知恵だったのかもしれません。今回は夏の風物詩、雷についての話です。
雷の正体は静電気
雷をもたらすのは入道雲です。入道雲は「積乱雲」とも呼ばれる雲で、最近ではゲリラ豪雨や雹(ひょう)を降らすことでも知られています。夏の暑い日、一天にわかにかき曇り、怪しい風が吹いてきたら、まず積乱雲が近づいていると思って間違いありません。
積乱雲は空高くもくもくとそびえる雲で、大きなものになると、その頂は上空1万メートルにも達します。ちょうどジェット旅客機が飛んでいる高さです。このくらいの高度になると、地上がうだるような暑さでも、気温は氷点下30℃ぐらいにまで冷えています。雲の正体は水滴ですが、これほどの低温になるとさすがに水滴ではいられず、氷の結晶になっています。積乱雲の中には強い上昇流が吹いているので、氷晶は下からの風にあおられて浮遊し、霰(あられ)のような氷の粒へと成長していきます。そして、大きくなった氷塊は雲の中で乱気流にもまれ、お互いガチャガチャとぶつかりあって静電気を生じます。その静電気が雲の中に溜まり、地上との間で放電されたものが雷です。乾燥した冬にドアノブなどに触れたとき、バチッと飛ぶ静電気、あの巨大なものが雷の正体なのです。
雷から身を守る方法
雷はとても危険なもので、直接落雷すると命を落とすこともあります。また、やっかいなのは、どこに落ちるか分からないこと。雷鳴が遠いからといって安心してはいられません。10キロほど離れていても落雷の危険はあるわけで、いつ、どこに落ちるか分からないと考え、すぐに避難することが大切です。
雷が近づいているとき、安全なのは避雷針のついた建物の中です。普通の家屋の中も安全ですが、アンテナを伝ってテレビに落ちることもあるので、テレビなどの家電製品にはなるべく近づかないでください。自動車や電車の中は、電気を通しやすい物質で覆われているので、比較的安全といわれています。
むしろ危険なのは屋外にいるときです。特に危ないのは高い木の下。木に落ちた雷が人体に飛び移ってくる可能性があります。雨が降っていても雷鳴が聞こえたら、木の下の雨宿りは禁物。樹木のいちばん外側の枝葉から、少なくとも2メートル以上離れるようにしてください。
雷は高いところに落ちるので、周囲に高い建物がない場合は、できるだけ身を低くしてください。かといって、地面に手をついたり、伏せたりするのはかえって危険。雷の入口と出口ができてしまい、体に流れる電流が大きくなるからです。広い場所で望ましいのは、両足を閉じた状態でしゃがみこみ、頭を低くする姿勢です。この姿勢は万にひとつ、地面を伝って避雷した場合の被害を最小にとどめてくれます。また、このようにしゃがみ込むと、自然とおへそが体の内側に隠れます。昔から「雷はおへそを取る」といいますが、この言い伝えは、雷の発生時に人々にしゃがみ込む姿勢を取らせるための知恵だったのかもしれません。ちなみに金属製品を身に付けていると危ないというのは迷信で、金属を外しても落雷の危険は変わらないそうです。
稲を育てるから、稲妻
雷の別名に「稲妻」というのがあります。「稲の夫(ツマ)」の意味から生まれた言葉で、稲穂の実る時期に雷が多いことから、雷光が稲を実らせるという信仰が生まれたようです。現代は「ツマ」という語に「妻」が当てられるため、「稲妻」と書くようになりました。
昔の人の信仰ですが、まったく根拠がないわけでもなさそうです。雷の放電によって空気中の窒素が分解され、できた窒素化合物が雨に溶けて降り注ぎ、天然の肥料になるというのです。また、雷をもたらす入道雲は大量の雨を田んぼに降らせます。そして、雨上がりには太陽が顔を出し、植物の成長に必要な日射を与えます。稲が育つのに必要な水、陽光、肥料を雷がもたらしてくれる。このようなことを経験的に知っていたからこそ、昔の人は神に感謝する意味で「神鳴り」と名づけ、また、稲作の大切なパートナーであることから「稲妻」と呼ぶようになったのでしょう。
日本は豊かな四季のある国です。ということは、それだけ自然の喜怒哀楽が激しく、災害も多いということになります。天の恵みと災害は紙一重。畏怖と感謝の念を抱きながら、古来、私たちの祖先は自然とともに暮らしてきたのです。
この夏、海や山へ遊びに行かれるみなさん、くれぐれも雷におへそを取られないように気をつけてください。