心に打ち水を
「地球温暖化」「ヒートアイランド現象」「猛暑日」「熱中症」など、連日のように暑苦しい言葉を耳にする今日このごろ。実際、日本は温帯ではなく、亜熱帯に属するのではないかという声もちらほらと聞かれます。そんな猛暑の夏に一服の清涼をもたらす秘策、それが「打ち水」。打ち水は近隣コミュニティの再生にも寄与すると期待されています。今回は人と人の心を水入らずにする、打ち水の話です。
江戸の知恵
打ち水をすると心なしか涼しく感じます。なぜでしょう。それは水が持つ「気化」という性質に由来しています。水に限らず液体は蒸発して気体になります。これを「気化」といいますが、気化するときに液体は周囲の熱を奪います。これが気化熱。病院で腕に注射されるとき、アルコールを含んだ脱脂綿でサッとひと拭きされますね。あのときにヒヤッとするのは肌が気化熱を奪われるからです。
古代の日本において打ち水は、神様が通る道を清めるという意味合いがあったとか。茶の湯の世界でも、打ち水は礼儀作法として行われていました。それが涼をとるための風物詩になったのは、江戸の頃から。「武士町や四角四面に水を蒔く」とは小林一茶の句です。夏の朝、家のまわりをほうきで掃き、最後に桶を手にして水をまく。打ち水は、家の前を清めるととともに、気化熱を利用して一服の清涼を得る昔の人々の知恵でした。
打ち水大作戦
では、打ち水をすると、どのくらい涼しくなるのでしょう。2003年夏、電力不足と深刻化するヒートアイランド対策の試みとして、土木研究所(現独立行政法人)が実際に効果を試算してみたそうです。その結果、都内で散水可能と見なされるエリア(約265㎢)に、1㎡につき1リットルずつ(雨量換算で1mmの雨)の水をまくと、気温は2℃下がるという試算が出ました。
この試算を元に、2003年8月25日正午、壮大な社会実験が行われました。「江戸の知恵に学ぼう」を合い言葉に、ウェブサイトを中心に呼びかけが広がり、記念すべき初回の「大江戸打ち水大作戦」が実行されたのです。呼びかけに応じた多くの市民が桶やバケツ、ペットボトルを手に表に出て、いっせいに水をまきました。当日の気温は約35℃。推定約34万人が打ち水に参加。その結果、都内4カ所に設けられた特設会場の計測で、実際に気温が1℃から2℃下がったことが確認されたそうです。打ち水の効果を、みんなが肌で実感した瞬間でした。
打ち水と笑顔
子どもからお年寄りまで、気軽に参加できる打ち水には、嬉しい効果もあります。それは、人と人の距離が近づくこと。みんなでワイワイ水をまくのは楽しいし、涼しくて、気持ちいい。誰もがすぐに笑顔になれます。実際に「打ち水大作戦」に参加された方から、「近所の人と挨拶をして、またみんながひとつになれました」といった声も聞かれたとか。2003年に始まった「打ち水大作戦」は、いまや全国で実施されるようになり、毎年推定600万人が参加する市民運動へと成長しました(「打ち水大作戦」のホームページより)。打ち水には、人の心を水入らずにする効果もあるのです。
打ち水のルール
ただ一つだけ、打ち水をするときに守ってほしいことがあります。それは、水道水を使わないこと。水は貴重な資源であるうえに、各家庭に届けるのに電気などのエネルギーを要します。せっかく省エネや温暖化防止のために行う打ち水ですから、まくときは風呂の残り湯や貯めた雨水などの二次利用水を使ってください。
東京都墨田区の街角には「路地尊」という小さな広場があるそうです。まちの安全を守るシンボルとして誕生した路地尊には、雨水貯水槽が設置され、近隣の家屋の屋根に降った雨水を集めて貯めています。この水は災害時の水源として、草花を育てる水として、子どもの水遊びの水として使われており、もちろん打ち水にも使えます。うだるような夏の朝夕、家からちょっと外に出て、自宅の前に水をまく。近所の人と顔が合い、「おはよう」「こんにちは」と声が飛ぶ。そんな懐かしい下町の情景を、いまに呼び戻そうとする試みです。
東京の気温はここ100年で約3℃も上昇したそうです。ある報告書によると、昨年、2013年は世界中で最も暑い夏の一つだったとか。その反面、商業施設や飲食店に入ると、羽織るものが欲しくなるほど冷えていることがあります。行き過ぎた冷房はぜひ控えてほしいもの。もっとも、心のどこかで過剰なサービスを望んでいる私たちにも、責任の一端はあるのかもしれません。
打ち水で生まれる涼しさは、自然の涼しさです。気温が下がることで気圧の変化が生まれ、打ち水後には気持ちいいそよ風が吹くことも。気温を下げるという直接的な効果の他に、近隣コミュニティの再生や環境意識の醸成など、「打ち水」にはさまざまな利点があります。暦の上では立秋ですが、まだまだ暑い日が続きそう。あなたの住むまちでも、自然のクーラー「打ち水」を見直してみませんか。
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