研究テーマ

脱ITのコミュニケーション

最近では、会議にパソコンを持ち込むことがごくあたりまえになってきました。プレゼンテーションなどに使われるのはともかく、中には議題よりもパソコンに気を取られている人もあったりして、お互いの顔を見ながら談論風発という会議シーンは減ってきたような気がしないでもありません。そんな状況に危機感を抱いた一部の企業では、人と人が面と向き合うコミュニケーションを取り戻すために、脱ITを実行するところも出始めているようです。

パソコンやスマホを制限したら?

会社のパソコンは今や一人一台が常識━━そんな時代に、宮城県のあるメーカーでは、個人用のパソコン支給を止めました。パソコンが必要な時は「パソコン島」と呼ばれる場所に移動して作業。制限時間は1回45分までで、終わったら即移動しなければなりません。使用を制限したことで、無駄なメールのやりとりが激減。セールス担当と直接電話でやり取りする密な意思疎通が実現した結果、3年で5千万円分もの在庫削減に成功したといいます。
一方、スマホをやめたら月に5千円支給するというのは、岐阜県の機械部品メーカー。社員同士の密なコミュニケーションで技術力を磨いてきたその会社では、昼休みや休憩時間、工場やオフィスで働く社員たちがベンチに集まり、そこで交わされる何気ない会話が、会社の成長に大きな役割を果たしてきました。ところが、ある日の昼休みに社長が見たのは、休憩用ベンチにずらりと座っている社員全員が、全く会話のないままスマホでゲームやメール、インターネットをしている光景。危機感を抱いた社長が、この制度の導入に踏み切ったのです。

向き合うことの大切さ

パソコンを起動したくても、午前9時30分までは電源が入らないという会社もあります。電機メーカーであるその会社は、自社で開発したプログラムによって、その時間が来るまでパソコンを使えないように設定しているのです。
社長と部長は、毎朝6時45分から7時30分まで顔をつきあわせてミーティング。7時30分に社員が出社すると、今度は部長と部下の対話時間。部長は社長の指示を落とし込むと同時に、仕事の進捗の確認や悩み事の相談など情報を吸い上げ、それが終わるころ、ようやくパソコンの電源を入れられる9時30分になるといいます。
「ITに対しては厳しいルールをつくらないと、易きに流れてしまう。電源が入れば、部長は私の指示をメールで部下に送ってしまうだろう」「データベースに技能を登録する企業もあるが、技術というものは、先輩後輩の対話の積み重ねでしか受け渡すことはできない」と語る社長は、決してアナログ的な経営者ではなく、米アップル創業者のスティーブ・ジョブズ氏らと次世代コンピューター「NeXT」を開発していたこともあるという人物。ITを熟知しているからこそ、それがもたらす負の影響も危惧するのでしょう。
他にも変わったところでは、自社ビルの1フロアに8つの宴会場を用意して「飲みニケーション」を社内制度化しているという会社も。ユニークな取組みがいろいろ行われていますが、興味深いのは、アナログなコミュニケーションを取り戻そうとしているこうした企業が、一様に業績を改善していること。ITによるコミュニケーションは効率的に見えますが、もしかしたら、その便利さが本当のコミュニケーションを阻んでいるという側面もあるのかもしれません。

若者たちの求めるコミュニケーションは

デジタル世代といわれる若者の間にも、脱ITの兆しが見られます。東京糸井重里事務所が全国の男女300人を対象に実施した『手書きに関する調査』によると、「手書きが好き」な人の割合は、20代が65.0%と全世代の中で最高。若い世代は「メールやSNSだけで気持ちを伝え合う」と見られがちですが、意外な結果が出たのです。そんな気分を映して、いま10代・20代の間で流行っているのが、手軽なお菓子にメッセージを手書きしたり、インスタントカメラの紙焼き写真に手書きメッセージやイラストを描いたりして贈り合うプチギフト。デジタルな時代だからこそ、あえてアナログな手法を取り入れることで、気持ちがより伝わると感じているのかもしれません。
また、「叱られる」をテーマにした本や番組に、若者たちが殺到しているという話も聞きます。民間企業が入社3年目までの社会人を対象に行った意識調査では、およそ8割が「叱られたい」と回答。先日放映されたテレビ番組(NHK「特報首都圏」2014.9.19)では、「Facebookで悩みを書いても、『いいね』という共感の声だけ。リアルな相談がしたいのに…」といった若者のつぶやきもありました。中には、ネット上で「おっさんレンタル」というサービスを見つけ、1時間千円の相談料を出して、直接叱ってもらいに出かけるという若者の姿も。ネット・コミュニケーション全盛の時代、リアルな実感が持てずに、本音のコミュニケーションを求めている人も多いのでしょう。

情報が伝達されたからといって、充分なコミュニケーションが成立したとは限りません。「目は口ほどにものを言う」という諺もあるように、人間は言葉だけでなく、表情や視線、身ぶり、声の調子といった複数の非言語的な手がかりを使いながら、メッセージを伝え合っています。そうして気持ちが通い合い、互いに理解し合えて、はじめてコミュニケーションは成立するもの。私たち現代人は、コミュニケーションにおいても、効率やスピードばかりを追い求めてきたのかもしれません。
みなさんは、アナログなコミュニケーションについて、どう思われますか? ご意見・ご感想をお寄せください。

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