人と森をつなげる
日本には昔から「子宝(こだから)」という言葉がありました。子どもを大事な宝として、愛おしみ貴ぶ気持ちが込められている言葉です。その現代版ともいうべき活動が、「君の椅子」プロジェクト。誕生する子どもを迎える喜びを地域全体で分かち合い、子どもたちに「居場所」の象徴としての椅子を贈る取り組みです。その内容については、以前にも小冊子 くらし中心 no.06「手渡すこころ」や当コラム「3.11に生まれた君へ」、「希望の『君の椅子』」でご紹介しましたが、今回は、そこからさらに発展した「森づくり」につながる取組みをご紹介しましょう。
世界に一つだけの椅子
「生まれてくれてありがとう。君の居場所はここにあるからね」━━そんな言葉を添えて子どもに贈られるのは、世界にたった一つだけの「君の椅子」。趣旨に共鳴した第一線のクリエイターが毎年デザインし、旭川家具のすぐれた技術をもつ職人がつくりあげるオリジナルの手づくり椅子です。座面の裏には、子どもの名前や生年月日、プロジェクトロゴ、一連番号が刻印されます。
子どもの成長に寄り添うその椅子は、「生命の居場所」であり、「思い出の記憶装置」。そこには、子どもの成長を温かく見守る地域社会を再生し、地域に根差した生活文化を築いていきたい、という願いも込められているのです。
2006年、旭川近郊の東川町からスタートした「君の椅子」プロジェクトは、近隣の剣淵町、愛別町、東神楽町と広がり、2014年には中川町も加わって5つの町が参加。2009年からは地域の枠を超えた「君の椅子倶楽部」も発足し、参加者は全国各地に広がっています。
君の椅子の森
「君の椅子」の素材となってくれるのは、長い時間をかけて成長した森の木です。椅子を贈られた子どもたちがこれから生きていく年月よりも長い時間をかけて大きくなってきた木が、椅子として生まれ変わり、新たな生命の居場所になる。そんな生命の循環の意味を、世代を超えて引き継いでいくため、2012年からは広葉樹の苗を植える活動も始まりました。
場所は、大雪山連峰が見わたせる東川町郊外。「君の椅子の森」と名付けられたその場所で、今年もよく晴れた晩秋の一日、200人の参加者が集い植樹祭が行われました。参加者の多くは、「君の椅子」を贈られた子どもの家族。まだ乳飲み子を抱っこした人、よちよち歩きの子どもを連れた人、二人の子どもを連れて「もうすぐ3つめの椅子が来る予定」と笑う妊婦さん、おじいちゃん・おばあちゃんも一緒に三代で来ている家族
森の中に、明るい声が弾けます。地元の人に交じって東京や千葉、埼玉から来ているのは、「君の椅子倶楽部」で椅子を手にした子どもやその家族です。
未来を植える
この日に植えられたのは、ミズナラ50本、ヤチダモ50本、イタヤカエデ50本、シラカバ50本の計200本。シラカバ以外は数百年生きる樹で、家具に使うまでには200年から300年かかるといいます。「植える人の気持ちが樹に伝わります。"大きくなあれ"と気持ちを込めながら植えましょう」━━植栽の指導をする森林のプロの言葉を受けて、あちらこちらから「大きくなあれ」の声。小さな子どもたちも、苗木を愛おしむように植えていきます。
「君の椅子は、時空を超えたプロジェクト。今日植える樹が大きく育つには100年も200年もかかるが、シャベルを持つ小さな手が、時を経て、その子の子や孫へとつながっている。こうした活動が、大きなうねりとして広がり、次世代へ残っていくように」「今日の植樹は、1本の樹を植えたのではなく、北海道の希望、日本の夢を植えた」と語る関係者の言葉に、生命の大きな循環を感じた人も多いことでしょう。
地域の再生に向けて
長い歳月をかけて森を育み、そこから伐り出された木材が、確かなデザインと職人の技によって「君の椅子」に生まれ変わる━━それは、豊かな森林を背景にした北海道という地域の潜在力を生かし、職人の技に敬意を払う取り組みでもあります。海外から輸入した木材では代替できない地域資源の価値を感じ、地域の中で心を込めて使うことで、現実味のある「つながり」として循環型社会の実相が見えてくる。「君の椅子」プロジェクトでかたちづくられた「家族━コミュニティ━地域産業」という輪に、「北海道の自然━森林で働く人々━地域の再生を模索する人々」というもう一つの輪が加わり、さらに大きな可能性が生まれていくのでしょう。
10年間で、さまざまな物語を紡いできた「君の椅子」。その活動は北海道以外にも広がり、2015年からは6番目の自治体として信州(長野県)の南端にある売木(うるぎ)村が、参加を表明しています。人口約600人の小さな山村の参加は、椅子に込めたコミュニティ再生の願いが、地域を越え海を越えて大きな輪となって広がる第一歩といえそうです。
子どもの居場所をつくりながら、人と森をつなぐ活動。みなさんは、どう思われますか?ご意見・ご感想をお寄せください。
画像提供:君の椅子プロジェクト
写真:佐々木育弥